チャイナ・ウォッチャーの視点

2021年9月22日

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 先月来、中国が立て続けに大鉈を振るっているさまざまな締め付けが止まらず、外界では「これは第二の文化大革命(文革)ではないか」との評価が次々と現れている。確かに、中共と政府が突如、これまで問題がなかった事柄を突如断罪するやり方は、1966年に毛沢東が発動した文革を想起させる。

 しかし筆者は今般の動きについて、毛沢東の文革とは異なる展開をたどり、毛時代、改革開放に次ぐ中華人民共和国の第三の局面を見せ始めたものと考える。それは、AI・IT時代における「中国化」の名のもとでゆっくりと萎縮してゆく中国の姿である。

(新華社/アフロ)

人々の過剰な「参加」で崩壊した文革

 では、何が毛沢東の文革と異なるのか。毛沢東時代は一見イデオロギー万能の時代であったが、中共と政府が社会と個々人を完全に統制するシステムないし能力を持ちえず、むしろ足元をすくわれて自壊した。しかし習近平時代にはその能力が飛躍的に高まっている。

 文革に至る毛沢東の「輝き」と失敗は、個々人の「主観能動性(やる気)」に頼ったことによる。

 毛と中共のみるところ、中国は立ち後れた農業国であり、長年帝国主義と旧い社会の縛りに苦しんできた。しかし中共は日本と国民党に勝利し、悪辣な地主や資本家を打倒した。

 毛はその原動力を、追い詰められたからこそ現状変革を目指して爆発する貧しい人々の主観能動性に求め、「中国をさらに平等な相互扶助の社会にすれば、誰もが既存のしがらみから解放され、生産力が爆発的に高まる」と確信し、集団化と「大躍進」を煽った。しかし、教育水準が低い人々の主観能動性だけでは現実の社会と経済を変え得ない。たちまち中国の生産秩序は崩壊し、数千万人の餓死者が生じた。

文革で毛沢東が大衆の大胆な政治「参加」を煽った文句「君たちは国家の大事に関心を持ち、プロレタリア文革を徹底的に進めよ」(1996年、チベット・ラサのレブン寺にて筆者撮影。今は抹消済み)

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