2022年11月26日(土)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2022年8月26日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

 顔は流刑処分となった。「幸運な者」に組み入れられたものの、実際は政治犯として絶海の孤島で一生を終えろ、である。

 64年、顔は幸運にも釈放され再び医学の道に進む。そして「生きていたら彼らは台湾、中国の俊英であり国家を支えてくれたはずだ。40年が過ぎ去った」と述懐する。

内に秘める外省人としての〝矜持〟

 葉山や顔が明日を託そうとした中国共産党は〝隆盛〟を極め、いまや台湾を呑み込もうと牙を研ぐ。まるでハイエナのように。

 筆者は68年夏、「自由中国」と呼ばれていた当時の台湾を初めて訪れた。台北西郊に位置し台湾海峡に面した古い港町の淡水にあった淡江文理学院で行われた1カ月ほどの短期語学研修に参加するためである。

 夜な夜な通った街の屋台のオヤジは外省人ではあったが元下級兵士であり、台湾における日々の生活に満足している風でもなかった。目の前の日本人大学生を前に、大陸を制圧した共産党の非道・理不尽ぶりを痛憤のままに語り続けてくれたが、ある時、ふと「そうかもしれませんが、共産党政権は原爆実験に成功しましたよ」と口にするや、「な、中国人はスゴイだろう」と、急に顔をほころばせたことを覚えている。しょせん屋台のオヤジは台湾人にはなりえなかったように思う。

 淡江文理学院では5人ほどの学生とつきあったが、なかでも林クン1人が浮いていた。それというのも本省人の彼を除き、他は外省人だったからだ。

 林クンと2人だけになった時、「じつはボクも外省人なんだ」と重い口を開いた。そこで一族台湾移住の時期を尋ねると、「清朝の中頃で、福建から台湾への移住が解禁されたからだ」。もちろん、「それって本省人だろう」などと口にはしなかったが。

 本省人がさまざまな形で不利益を被ることに耐えなければならなかった時代であればこそ、林クンの苦しげな一言に同情を禁じ得なかった。あるいは外省人の〝矜持〟を心の内に秘めることで、林クンは精神の平衡を保とうとしていたのかもしれない。それは私かに「中国人」であり続けた屋台のオヤジの心情に通ずるようにも思える。

 あれから半世紀余が過ぎ、台湾をめぐる内外状況は激変した。

 かつて李登輝は司馬遼太郎に向かって「台湾人に生まれた悲哀」を語っているが、「台湾有事は日本有事」が現実味を帯びて語られるようになった今だからこそ、日本人として、その「悲哀」に思いを致す必要があるはずだ。「加油台湾(ガンバレ台湾!)」を叫ぶだけでは、「悲哀」の2文字に込められた複雑な心情を汲み取ることはできそうにない。

 
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