2022年12月6日(火)

冷泉彰彦の「ニッポンよ、大志を抱け」

2022年8月30日

»著者プロフィール
閉じる

冷泉彰彦 (れいぜい・あきひこ)

作家・ジャーナリスト

ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『「反米」日本の正体』(文春新書)など。メールマガジンJMM、Newsweek日本版公式ブログ連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

 まずお願いしたいのは、要人警護を担当する責任者、とりわけ都道府県警察の警護計画を審査する立場、あるいは全国の人材養成を行う立場の方には、こうした「困難」を正確に理解し、一切の不満や愚痴を言わない一方で、例外的な応用問題を柔軟かつ即座に解くような思考法を理解していただきたいということだ。反対に、そのような理解ができない人材には、このポジションは務まらない。警察庁には、くれぐれもその人事には念には念を入れた検討をして、警護の要諦を理解した人物を置いていただきたい。

 もう一つ、警護に関わるノウハウというのは徹底した現場主義で身につくということだ。この点に関しては、今回の報告書では「座学」とか「教養」の教育といった言葉がやたらに目につくのが気になる。

 必要な知識は身につけねばならない。だが、頭だけの知識では役に立たない。具体的には、銃器や爆発物の知識は爆発音や匂い、火薬の色といった五感とともに叩き込むべきものだろうし、銃創や火傷など医学的な知識も可能な限り、実際の現場を模した習得が求められる。法律も、条文や判例だけでなく、背後の社会情勢などを踏まえたダイナミックな理解が必要だ。

 また、各都道府県にはそれぞれの歴史的経緯がある。沖縄には米国の占領、返還、基地への反対闘争といった独特の歴史があり、単純にデモ参加者を敵視していては民意の離反を招くだけである。また、北海道には独特のリベラルな気風があるとか、東京や大阪の盛り場には、盛り場ごとに文化の違いがあるとか、そうした地域に根ざした情報が欠落していては、安全と危険の判別はつかなくなる。今回の「集権化」においては、その点には留意された運用を求めたい。

必要となる世論からの支持

 一番の問題は、警護対象者や世論の理解である。まず政治家については、必要に応じて「警護される訓練」に参加してもらう必要がある。

 非常事態にあっては「見事に突き飛ばされる」スキルが政治家には求められるからだ。高度な受け身を繰り返し練習せよとは言わない。だが、生と死の境においては「警護員に突き飛ばされても平然としている」スキルというのは最低限必要だ。

 一方で、世論に対しては、警護活動だけでなく、警察活動一般について真摯に理解を求めていただきたい。昨今は、大都市の盛り場などの警備において「DJポリス」といったキメの細かなコミュニケーションを使った活動がある。その延長で、警察活動に関してもっと世論を味方につけるような姿勢があって良いのではないだろうか。

 米国では、巡回中の警官が昼食のためにピザ屋に寄ると、店主は歓迎して「おまけ」をしたりする。また警官による小学校や中学校での危機管理教育、薬物乱用防止教育なども盛んだが、各学校では警官は人気者である。そのような文化と比較すると、日本の警察官は、まだ自由民権を弾圧し、治安維持法を執行したという負の記憶の中で、住民から心から愛される存在には至っていない。

新着記事

»もっと見る