国民感情に板挟みされた日露両首脳
領土問題でも、プーチン政権は安倍政権に対して期待するところが大きいように見える。
2000年代末以降、日本では政局の混乱によって毎年のように首相が交替する事態となり、領土問題の様な国民感情を強く刺激するイシューでの合意は難しい状況にあった。しかも2011年には菅直人首相(当時)が北方領土をロシアが「不法占拠」していると発言したことで、ロシア側の態度は硬化し、交渉自体がストップしてしまっていた。
これに対して安倍首相は経済の好調を背景として高い支持率を得ており、腰を据えた交渉ができる相手となる可能性がある。今回の首脳会談では、戦後67年が経過したにもかかわらず平和条約が結ばれていない状態を「異常」であるとして、領土問題の解決と平和条約の締結に向けた実務者レベルでの交渉再開が合意されたが、ようやく停滞と混乱を収拾して第一歩を再開できたと評価できるだろう。
ただし、交渉を再開したところで、何か革新的な解決策が出てくる可能性はほぼ存在しない。これまでの交渉過程において考え得る解決策はほぼ出尽くしており、あとはその中からどれを選択するかという政治決断の領域に入っている、というのが大方の専門家の見解である。
また、その際、日本が主張してきた四島返還は現実的な選択肢とはなりえないだろう。日本側には「不当に奪われた領土を全て返させるのは当然」とする国民感情があるが、ロシア側はロシア側で「第二次世界大戦の結果による国境変更であり、日本に引き渡す謂れなどない」との国民感情がやはり根強くある。しかも、北方領土周辺はロシア海軍の弾道ミサイル原潜の航路となっており(特に国後水道は潜水艦が潜航したまま航行できるだけの水深があり、原潜部隊の母港であるカムチャッカ半島のルィバチー港からパトロール海域であるオホーツク海を結ぶ重要航路である)、安全保障上の観点から反発する勢力も出そうだ。
つまり、日露ともに対内的な反発を受けることは覚悟の上で妥協点を選択するほかないが、その妥協点は当然、その時々の政治的状況によって変化することになろう。プーチン政権は近年、支持率の低下に苦しんでおり、2011年末以降には大規模な反政府デモにも直面した。今回の首脳会談で、プーチン大統領は中国やノルウェーとの領土問題を例に「面積二等分」方式に言及したとされるが、ロシア国内では「対等な領土問題である中国・ノルウェーのケースと、敗戦国である日本のケースに同じ方式を適用すべきではない」との声も強い。
一方、安倍首相は前述のように国内での支持率が高い上、特に保守派の人気を集めているため、領土問題での譲歩を行った場合の政治的ダメージをある程度、軽減できるのではないかとの見方がロシア側にはある(筆者が意見聴取したロシア人日本専門家の見解)。