2024年7月14日(日)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2022年10月14日

 度々起きている全国規模のデモも、都市部で起きており、農村部で大規模な反政府デモが起きたとは聞かない。逆に言えば、これまで農村の犠牲の上で特権を得ていた都市部の住民が今度は損な役回りとなり、都市部住民がイスラム革命体制に対して不満をつのらせがちであることも大規模なデモが都市部で起こる遠因であろう。

イスラム革命体制終わりの始まりの可能性も

 ちなみに、イランのイスラム革命体制は、「聖職者による支配」に象徴される神権政治体制だが、その正当性は、イラン革命後、民衆が神権政治体制を支持した結果である。言い換えると、本来の神権政治は、神の思し召しによるものであるべきであるが、イランでは、民意に基づく神権政治という矛盾をはらんでいる。その結果、民意で選ばれた大統領は必ずしも最高指導者の指示に唯々諾々と従う訳で無いというような両者の間の緊張関係も存在する。

 他方、イスラム革命体制は、依然として農村部で強固な支持を得ているとは言え、保守強硬派もイスラム革命から40年以上経過して、徐々に民衆のイスラム革命体制への支持が衰えつつあると認識しているのであろう。その結果、純粋なイスラム革命体制の護持を金科玉条とする保守強硬派は、2020年の国会選挙、21年の大統領選挙で強引に保守強硬派以外の候補を選挙から排除して、元々、保守強硬派の牙城であった司法権(例えば、ライシ大統領は、大統領になる前は司法府長官であった)に加えて、立法府、行政府の3権全てを手中に収めている。

 この事は、保守強硬派が民意に基づく神権政治から、民意に基づかない神権政治に舵を切ったことを示しているのではないかと想像される。言い換えれば、国民に支持されない独裁体制の構築である。これは長期的視野に立てばイランのイスラム革命体制の終わりの始まりかも知れない。

 最後に、今回の出来事が欧米で大きく取り上げられている一因は、犠牲者が、クルド系イラン人であったことも関係していると思われる。イランではクルド系は人口の7%に過ぎないが、クルド人自体は、2000万人がイラン、トルコ、シリア、イラクに分かれて居住しており、国家を持たない最大の民族と言われているが、昔から独立運動の動きが伝えられていて、これらの国にとり政治的に機微な問題となっている。

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