トラス氏を辞任に追い込んだのは、国内情勢の失策に留まらなかった。ロシアのウクライナ侵攻による、世界的なカオスというタイミングの悪さもあった。エネルギーと食料価格の高騰などを引き起こし、市民の怒りに火がついた。冒頭に挙げたトラス氏の辞任スピーチの前文は、こうだった。
「私は、経済的にも国際的にも極めて不安定な時期に就任しました」
こう語らざるを得なかったことも事実だろう。
トラス前首相の辞任とともに物議を醸しているのが、彼女の手当についてだ。法的には、首相を務めた人は、年間最大11万5000ポンド(約1950万円)の費用手当を受け取ることができる仕組みになっている。しかし、就任後に国内の市場は暴落し、フードバンクに頼らざるを得ない国民も増えている中、その手当を受給するのか、トラス氏の判断が問われている。
トラス新首相は経済成長させるしかない
トラス氏の辞任から5日後、英国初のアジア系で、42歳という史上最年少のリシ・スナク氏が新首相の座に就いた。官邸前での就任の挨拶で、「現在、われわれは深刻な経済状況に直面している」と語り、現在の英国に求められていることは「安定と団結である」と表情を曇らせた。
スナク新首相は、短命で終えた前首相について、「この国の経済を改善させようとしたことは、間違いではなかった。彼女の絶え間ない努力は、賞賛に値する」と紳士的な言葉を並べた。
そのスナク新首相は、9月にも首相候補となったが、減税政策でより強い支持を得たトラス氏に敗れた。だがこの時、財務大臣だったスナク氏は、トラス氏の政策を真っ向から批判。減税政策は金利の上昇につながり、国民の生活に悪影響を及ぼすとの予測が、最終的には的中した。
英紙『ガーディアン』のラリー・エリオット経済記者は、「リズ・トラスの後にリシ・スナクに残されるのは成長」(10月24日付)と題したコラムの中で、スナク新首相に期待を示している。
景気が後退し、英国は10.1%という40年以来のインフレを経験した。保守党人気も下がり、ジョンソン元首相やトラス前首相が残した老廃物が堆積する中で、スナク新首相は、「良きタイミングで首相の座に就いた」と、エリオット記者は述べている。その理由について、こう書いている。
「物事があまりにも酷いため、新首相にとっては成長しかない。いかなるタフな決断をしても、責任は彼の前任者二人にあるからだ」
医師と薬剤師の間に生まれたスナク新首相は、オックスフォードとスタンフォード両名門大学で学び、ゴールドマンサックスに勤務したエリートだ。年収は、妻との共同保有資産がチャールズ三世国王の3億5000万ポンド(500億円)を上回る7億3000ポンド(約1200億円)といわれている。