かつては日本の東南アジア進出を警戒していた
まずは成田から上海へ。次いで上海から雲南省西南端に位置する芒市へ向かったのだが、国内線機内で手にした『環球時報』(2012年4月27日)で目に入ったのが、「深度報道」欄の「日本勢力、再度の東南アジア進出に勢いづく/政治・経済・文化・教育の各方面から浸透/侵略者の姿を消すことに成功」と題された評論記事だった。
12年3月21日に東京で開催された日本・メコン地域諸国首脳会議を中心に、野田佳彦政権による当時の日本の東南アジア外交を4人の「本紙駐外記者」が報じていた。いま読み返してこそ興味深い記事なので、煩を厭わずに追ってみたい。
まず同首脳会議に「日本による〝第2次マーシャル・プラン〟だろうか」との疑問を呈し、「最近になって複雑微妙な情況を見せつつある東南アジアにしばしばチラつく影。それが日本だ」と告発している。次いで「日本はメコン流域国家に過去には見られなかった最大級の政府援助と債務免除を高らかに宣言したうえに、自衛隊による在フィリピン米軍基地への長期駐屯情報まで伝えられている」と続けた。
さらに東京における会議では(1)ミャンマー、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムの参加5カ国に対し高速鉄道事業などを含む総事業費2兆3000億円余の拠出。(2)対ミャンマー円借款延滞債権3000億円余の放棄――などが決定したが、これこそ「札束外交」であり、「より注視すべきは、背後に見え隠れする日本による東南アジアに対する政治と軍事の両面からの介入だ」と強く糾弾するのだ。
次いで朝日、毎日、日経、産経などの日本の新聞やタイ英字紙ネーションなどの記事、さらには関係各国研究者の発言などを織り交ぜながら『環球時報』の主張を展開する。同紙は共産党機関誌『人民日報』系であり、当然のように胡錦濤政権から次の習近平政権成立への交代期の共産党の主張と考えて間違いないはずだ。
第1に過去、現在はもとより将来に亘っても「日本は東南アジアへの意欲を持続し、諦めることはない」とし、過去と現在の事例を紹介した上で、その確たる証拠として会議が採択した「Tokyo Strategy for Mekong-Japan Cooperation」を挙げる。この文書には「朝鮮の衛星発射や朝鮮による日本人拉致非難など、メコン流域とは関係のない文言までが盛り込まれているが、これこそが日本の意図の明確な証拠である」と説く。
第2に東南アジアが持つ資源と戦略的位置を欲していることはもちろんで、「日本のさらなる懸案は、東南アジアにおける中国の〝存在〟」であり、「中国と競うため、最近になって日本は東南アジアへの投資を急増させている」。「日本の対外援助は〝政治大国路線〟の延長上にあり、その援助は東南アジアを友とする立場から行われるものではなく、明確な戦略に基づき、被援助国の防衛と外交政策に対するヒモ付である」と主張する。
第3に日本は東南アジアで新たなるイメージを打ち出している。戦後数十年の間、「日本は東南アジアに対する文化宣伝とソフト・パワーの輸出に意を注ぎ、かつての侵略者のイメージを払拭することに成功した」。いまや日本は「東南アジアで投資者であり同時に国際社会における友人として迎えられている」。だが問題は鎧の下に隠された意図だ。たとえばカンボジアに対する援助の中には「人口調査や地理測量などの項目があるが、将来的に軍事面で利用しないと誰が保証するのだ」と息巻く。
かくて「日本の援助は東南アジアの将来を掌握しようという意図から発せられている」と結論づけるのである。
外交にも起きていた「失われたX年」
この記事の意図的な誤解に不快感を抱きつつ読み進んだ記憶が苦々しく蘇るが、いま改めて気づかされるのは「日本による〝第2次マーシャル・プラン〟」が『環球時報』の言い掛かりであり、じつは習近平政権による東南アジアの〝裏庭化〟が猛烈な勢いで進んでいることである。それにもかかわらず、国内の不景気風に煽られたままに日本が無自覚に過ごしてきてしまった。敢えて言うなら、ここにも「失われたX年」が潜んでいたのだ。
野田政権以降、日本の東南アジア外交を振り返った時、やはり立ち返るべきは13年初に行われた第2次安倍政権発足後初の外遊だろう。
ベトナム・タイ・インドネシア歴訪の最終訪問地であるジャカルタで発表予定だった「開かれた、海の恵み――日本外交の新たな5原則――」と題する安倍政権のアジア外交方針は、折からアルジェリアで発生したテロ事件への対応に直接指揮を執るために予定を切り上げ帰国したことから、安倍首相の肉声で公表されることはなかった。だが、ここから、同政権が目指したアジア外交の骨格を読み取ることが出来る。
それによれば、安倍外交は「万古不易・未来永劫、アジアの海を徹底してオープンなものとし、自由で、平和なものとするところにあります。法の支配が貫徹する、世界・人類の公共財として、保ち続ける」ことが「日本の国益」に直結すると見なし、「日本外交の地平」を拡大するための「新しい決意」を支える5原則を挙げている。