リモートコミュニケーションはいまだ対面の補完
都市を形成する基本的な力は、人口集中の諸々のメリットである集積の経済と、人口集中の諸々の弊害である混雑の不経済である。集積の経済は、例えば、適切な人材獲得や知識のスピルオーバー(拡散効果)、財やサービスの多様性などによりもたらされる。いずれも人や企業が多様な相手と交流できることから生じるメリットである。
すると、リモートコミュニケーションツールの普及は、遠方にいてもこうした交流を可能にしてくれるため、実際に会う対面での交流の必要性を低減させ、集積の経済の効果を弱めるように思われる。しかし、現実は、対面での交流とリモートコミュニケーションツールを用いた交流とは代替的ではなく、むしろ補完的であるという研究結果が得られている。
例えば、スイスにあるベルン大学のビュッヘル教授とエーリッヒ教授は、スイスにある携帯電話会社スイスコムの15年6月から16年5月の匿名化された通話記録のデータを分析した。その結果、通話の多くはごく近い距離で行われており、人口密度の高い場所にいる人ほど頻繁に、長く通話していることを明らかにした。この結果は、携帯電話による交流は対面による交流を補完するように使われていることを示唆している。
もちろん、リモートコミュニケーションツールが更に発達し、対面で会うのと何ら遜色のない交流が可能になれば、対面交流の必要性が下がり、都市に集住する意味がなくなるかもしれない。しかし、現時点では、技術はまだそこまで発達しておらず、対面交流を補完するように使われていると考えられる。リモートコミュニケーションツールの普及は、現時点では集積の経済を強める方向に作用し、大都市を拡大させる効果を持っている可能性が高い。
大企業で浸透するテレワーク
リモートコミュニケーションツールの普及は人口集中の弊害である混雑の不経済にも影響する。混雑の不経済の典型例は長距離の通勤や通勤混雑であろう。
リモートコミュニケーションツールが普及すれば、ある程度家にいながら働いても仕事に支障をきたさないようになり、いわゆるテレワークが可能になる。通勤の必要性が下がり、混雑の不経済を軽減すると考えられる。
新型コロナ感染症への対応もあり、実際、ここ数年でテレワークはかなり普及してきた。総務省「通信利用動向調査」では、企業などに勤務する15歳以上で過去1年間にインターネットを利用している人を対象に、テレワーク実施の有無を尋ねている。回答者に占めるテレワークをしたことがある人の割合は、日本全体で19年には8.37%で、20年には19.11%、21年には22.68%へと上昇している。
この割合は、現役世代の中では年代でさほど違いが無く、21年の調査では、20代から50代まではどの年代も25~30%となっているが、60代以上では低くなり、約14%になる。これらの数字から、現役世代の中ではテレワークがある程度浸透していると考えられる。しかし、その普及度合いは、地域により大きく異なることもわかっている。
図2は、都道府県におけるテレワーク普及率の違いを描いている。
横軸に都道府県人口の対数値をとり、縦軸に「通信利用動向調査」のテレワーク実施の有無についての質問に回答した人の中で「あり」と答えた人の割合(%)をとっている。これをみると、コロナ前から最近まで、大都市を抱える人口規模の大きな都道府県の方がテレワークが普及していることが確認できる。この傾向は市区町村レベルでみても観察され、例えば、21年の特別区・政令指定都市・県庁所在地では31.23%であるのに対し、その他の市では17.48%、町・村では15.84%である。
この背景には、企業規模の差が関係している可能性がある。国土交通省「テレワーク人口実態調査(2021年度)」によると、雇用されている就業者のテレワーカー割合は企業規模が大きくなるほど高く、1000人以上の従業員数の企業で最も高くなっている。大企業は東京を中心とした大都市に集中しているため、結果として大都市ほどテレワークが普及していると考えられる。