米ニューヨーク・タイムズ紙コラムニストのポール・クルーグマンが、12月12日付の論説‘Why America Is Getting Tough on Trade’で、米国政府の中国に対する貿易制限措置や北米製電気自動車の優遇政策等につき、WTOルールとの関係で懸念を示すと共にその是非について論じている。主要点は次の通り。
世界貿易機関(WTO)は12月9日、トランプ関税の根拠である国家安全保障上の必要性(関税および貿易に関する一般協定<GATT>第21条が認める自由貿易の例外)について不当と宣言した。これに対しバイデン政権は、貿易上の措置が国家安全保障に必要かどうかを判断するのは米国であり、WTOにはこの問題について管轄権がないと宣言した。バイデンは世界経済秩序の基本的な土台を静かに揺るがしている。
バイデン政権がこれほど強硬化した理由の第一は、独裁的な体制(つまり主として中露)が世界の民主主義にもたらす脅威へのかつてない認識である。
バイデン政権は、特に半導体に重点を置いて、中国が危害を及ぼす能力を制限しようとしている。米国は半導体の国内生産に補助金を出し、中国への依存を減らすことを狙っている。
さらに、米国は、中国が最先端の半導体技術を入手するのを制限するために新たなルールを課した。つまり、中国の技術力を意図的に低下させようとしている。中国がWTOに訴えることは想像に難くないが、米国は、こうした政策がWTOの管轄外であるとして、気にしないことを事前に表明しているのだ。
もう一つの理由は、インフレ抑制法の制定だ。この法律は、その名前に反して、気候変動との戦いが主な目的である。それは結構なことだ。しかし、同法が定めるクリーン・エネルギーへの補助金は極めてナショナリスティックな側面があり、例えば、電気自動車に対する税額控除は、北米で組み立てられた自動車に限定されている。これは貿易ルールに違反している可能性があるが、バイデン政権は、環境保護は国家安全保障上の問題だと主張するかもしれない。
戦後の貿易システムを作り上げた米国が、その戦略的目標のためにルールを曲げるのであれば、世界的に保護主義が強まる危険性がある。しかし、バイデン政権は正しいことを行っているように思う。GATTは重要だが、民主主義を守り地球を救うことは、もっと重要だ。
* * *
クルーグマンは、バイデンの保護主義的貿易措置に懸念を示しつつ「正しい」と結論付けているが、こうしたバイデンの政策がGATT/WTOルールとの関係で深刻な問題となりつつあることは間違いない。
12月9日にWTOパネルは、2018年にトランプ政権が発動した鉄鋼・アルミに対する追加関税をWTO協定違反と認定した。米国は、これをGATT第21条の安全保障のための例外と主張し、何が例外に該当するかは当該国が判断すると主張したが、認められなかった。ただ、パネルの決定は、上訴審である上級委員会の委員の任命に米国が反対し、上級委員会が機能を停止しているので、最終的なものとはならない。しかし、中国などの過剰生産を理由として安全保障上の重大な利益の保護のための措置だというのはいかにもトランプ流の牽強付会のように思える。
そして、上記の論説が掲載された12月12日、中国は、米国による半導体の輸出規制をWTO違反として提訴した。米国は、10月に半導体のみならず製造装置や設計ソフト、人材などを含め中国との取引を幅広く規制する法改正を行ったが、これら措置に中国が反発したものとみられる。半導体は、先端兵器などに活用されているので、鉄鋼、アルミよりは安全保障上の重大利益に近いとは言えるかもしれない。
中国が提訴した以上、WTO協定上、義務的なパネルの裁定までは行くであろうが、上級委員会の機能停止により拘束力ある決定は望めない。中国の狙いは、国際経済の秩序を乱しているのは米国であることを国際的に訴えるための情報戦の意味合いもあろう。もっとも、この米国の措置は、第三国を巻き込み、中国も対抗措置をとるであろうから、米国IT企業を含め国際的ビジネスに大きな影響を与える複雑な紛争に発展していく可能性がある。