2023年1月30日(月)

WEDGE REPORT

2023年1月5日

»著者プロフィール
閉じる

藤原章生 (ふじわら・あきお)

記者・作家

記者・作家。北海道大学工学部卒。1989年より毎日新聞記者。ヨハネスブルク、メキシコ市、ローマなどに駐在。2005年、『絵はがきにされた少年』(集英社)で開高健ノンフィクション賞受賞。近著に『ぶらっとヒマラヤ』(毎日新聞出版)。
 

 

 意外なのは80年代後半のソ連の人々のファッションや佇まいが当時の日本とよく似ているところだ。また、登場したときはスマートで、宇宙人のように輝いて見えるエリツィン大統領が、権力を握り、オリガルヒと繋がるにつれ、みるみる太り、人間性を崩していくさまも痛々しい。クーデター直後、記者会見するヤナーエフ副大統領の手の震えなど、映像は決定的な細部を記録している。

あらゆる場面で現れる「最後まで耐えるロシア人」

 85年から99年。わずか14年という歴史の急変が描くのは、ソ連崩壊前にはなかった貧富の格差のみならず、広大なユーラシアの隅々にまで及んだ大いなる哀しみだ。国家、あるいは国家という幻想らしきものが崩れることで、一人ひとりにこれほどの哀しみをもたらすのか。

 大統領も農民も、富裕層も貧しい兵士も、同等に分刻みで映し出される。考えてみれば、当たり前のことで、地位は違っても、一人ひとりはそれぞれの人生を与えられた同じ時間の中で生きている。

 哀しみと同時にそこにあるのは、国に期待もしない、半ば諦めている人々の強さだ。中国の王兵監督のドキュメンタリー映画「鉄西区」(2003年)に現れる、街ごと消える製鉄所の工員たちに通じる強さを筆者は感じた。それは、社会主義の長い実験の末、秩序ひとつない混沌の世界に放り出されたせいなのか。

 石郷岡氏の言う「最後まで耐えるロシア人」の素顔が作品のあらゆる場面に現れている気がする。統制下とはいえ、なぜウクライナ侵略が10カ月続いても、7割の国民が「プーチンの戦争」を支持するのか。前線で息子を失った母たちはなぜ、不満を吐露しないのか。そんな謎を探る上で、貴重な映像と言える。

 
 『Wedge』2022年6月号で「プーチンによる戦争に世界は決して屈しない」を特集しております。
 ロシアのウクライナ侵攻は長期戦の様相を呈し始め、ロシア軍による市民の虐殺も明らかになった。日本を含めた世界はロシアとの対峙を覚悟し、経済制裁をいっそう強めつつある。もはや「戦前」には戻れない。安全保障、エネルギー、経済……不可逆の変化と向き合わねばならない。これ以上、戦火を広げないために、世界は、そして日本は何をすべきなのか。
 特集はWedge Online Premiumにてご購入することができます。

  
▲「Wedge ONLINE」の新着記事などをお届けしています。


新着記事

»もっと見る