年金事務所の対応は?
こうした面倒な調査を繰り返すことで、年金事務所の職員から煙たがられることはないのだろうか。筆者の問いかけに対して、美原さんはこう答えた。
「年金事務所の職員の対応はさまざまです。理解してくれる人もいれば、そうでない人もいます。『調査は私のところにもってきて』と言ってくれる職員もいて、一緒にどうすれば年金が回復できるかを探っていきました。
会社の名前があっていれば、生年月日が間違っていても本人の記録となります。それらしい記録が見つかった場合には、職員からヒントがいただけることもあります。『自動車関係の仕事ではないですか』『○○製作所といった名称のようです』『最初の一文字は“え”です』など。ヒントを元に対象者に具体的な勤務先を思い出していただくのです」
調査の結果、新たに 13 件の年金加入歴が見つかった男性もいる。
「その人は、実に 31 回の転職を繰り返していました。1 つ 1 つの勤務期間は短くても、きちんと社会保険には加入していたのです。1 社ずつ思い出してもらうことで、年金の回復につなげることができました」
社会保険労務士が何度も足を運んで調査することで、年金事務所の職員もノウハウを蓄積し、問題を理解していく。「年金事務所の職員も、何とか年金の手続きができないかと思っている人は多いのです」、美原さんは言葉に力をこめる。
貧困層が年金支給漏れになる理由
美原さんによれば、生活保護を利用する人たちには、職や住まいを転々とする、結婚と離婚を繰り返すなど、年金支給漏れになりやすい特徴があるという。
「昭和 60 年代に失踪宣告がでていたケースを扱ったことがあります。上野を中心に飯場(筆者注:土木建築や建築現場での作業用の簡易宿泊施設)を転々として生活をしてきた人です。本人は死んだことになっているとはまったく知らずに生きてきたのです。死亡扱いになっていることを伝えた時には、言葉を失っていました。
現在は失踪宣告を取り消して、改めて年金の申請をしています。繰り下げの手続きをすることで、約 700 万円が支給される予定です。年金の受け取りが終われば生活保護は廃止になる見込みです。ケースワーカーが関わることで、人生を取り戻したのです」
年金調査の対象になるのは高齢者だけではない。最近では、障害年金の申請支援にも着手しているという。
障害年金を申請するのは、精神疾患によるものが大半を占める。知的障害や身体障害は障害者手帳などの取得手続きのなかで年金の案内がされるが、精神疾患の場合は周囲から気づかれない、本人も年金が受給できることを知らないケースも多い。
さらに、既に障害年金を受け取っているケースでも、調査の過程で新たな事実が判明することもある。
「20 歳になる前に精神疾患を発症して障害基礎年金を受けている人がいました。記録を読むと、10 代のうちから働いていることがわかりました。病院の初診日は働いている期間、つまり厚生年金加入期間だったのです。
その方は昭和 40 年代からずっと同じ病院に通っていました。病院に問い合わせると、初診日がわかるカルテが残っていることがわかりました。基礎年金から厚生年金に切り替えることで、約 1000 万円を受け取ることができました」