調査の視点で変わるケースワーカーの働き
埼玉県北本市共生福祉課で生活保護を担当する中根聡さん(38歳)は、年金調査を委託することでケースワーカーの仕事にも変化がみられるという。
「生活保護の申請時に、ケースワーカーは年金事務所に年金加入期間の照会をしています。しかし、ほとんどの場合、年金の受給には結びつきません。決められた事務だからやる、機械的な作業でした。
ケースワーカーは 3 年から 5 年で人事異動になります。年金調査はケースワーカーの仕事のごく一部ですから、一人ひとりに付き添って専門的な調査をすることはとてもできません。調査の勘所もわかりません」
わからないことがあれば同僚に相談することもある。しかし、年金業務に詳しい職員がいるわけでもない。日々の仕事に追われ、後回しになってしまいがちだったという。
「新規に生活保護を申請した人には、職歴や生活歴などの聞き取りをしています。しかし、これも『決められていることだから』と漫然と聞いていた部分がありました。
年金支給漏れのケースが相次いだことで、ケースワーカーは、『この人は仕事を転々としている。支給漏れがあるのではないか』と疑いながら聞き取りをするようになりました。会社名や勤務期間など時間をかけて聞き取りをするのですが、その際に、調査の必要性について自信をもって説明できるようになりました。
年金支給漏れが見つかれば、大抵の場合は喜んでいただけます。目に見える成果につながることで、ケースワーカーのモチベーションもあがりました」
年金調査には、裏の役割ともいうべき、もう一つの役割がある。それが、不正受給対策である。生活保護の申請者には、年金を受け取っていることを隠して生活保護を受けようとする人もいる。専門家の助言を受けて年金調査をすることは、保護費と年金の二重払いを防ぐ意味でも効果が大きいという。
「はじめにきちんと調査をすれば隠そうとする人もいなくなります。不信感からはじまる対立構造を防いで、ケースワーカーと利用者が一緒の方向を向いて歩いていくことができるのです」
北本市は特別ではない
中根さんは、年金支給漏れは北本市だけの問題ではないという。
「北本市は特別ではありません。都市部の自治体のようにホームレスや日雇い労働者が多いわけでもなく、生活保護の利用者も全国平均より少し低い程度です。北本市の取組を知って新たに事業をはじめた自治体では、初年度にもっとたくさんの支給漏れが見つかったと聞いています。そこは複数の町村部が合併してできた市なので、年金の管理が一元化されていなかったことが原因なのかもしれません」
過疎化が進み高齢者が多い地域では、身近に相談できる人もなく、年金支給漏れに気づいていない高齢者は相当数にのぼるのではないか。中根さんはいう。
「年金がもらえるというのは、本人が頑張ってきたことが認められるということです。生活保護制度の視点でも、年金を受け取り、足りない部分を生活保護でカバーするというのが本来のあり方です。何より本人の権利保障という点で、意義のある事業だと考えています」
問題が発覚してから約 15 年、「消えた年金」問題は終わっていない。現在ももらえるはずの年金を受け取ることができず、苦しい生活を余儀なくされている人がいる。
一人ひとりが生きてきた人生に寄り添い、丁寧な聞き取りと調査を重ねることで、権利の回復に努める。こうした自治体本来の活動が全国に広がっていくことを期待したい。