2024年12月12日(木)

古希バックパッカー海外放浪記

2023年2月12日

『英国は現在でも階級社会』エレンの被差別者としての経験から

高級リゾートの部屋の前にはプライベート・プール。その向こうはインド洋。こうした高級リゾートではやはりタトゥーを入れた欧米人を見かけない

 エレンに南ア引揚者から聞いた英国社会の差別について確認したが「英国は未だにさまざまな差別が存在する階級社会(hierarchical society)」と断言した。エレンの父親は特殊分野の技師だったので同じ職業に就けたが、それでも同じ職種の英国出身者より賃金面で差別された。エレンはそんな両親の苦労を見ていたので必死で勉強して学位を得たという。

 修士号のコースでは最後の1年間はインターンとして建設現場での実習が必修らしい。エレンは男性社会の建設現場で設計図に基づいて実際の作業を指示する立場になった。ところが年上の作業主任や現場監督は「女に現場が分かるか。女に仕切られるのは男の恥」とばかりにエレンを無視して蚊帳の外に置かれた。エレンは男尊女卑の差別に耐えて、毎日指示事項を詳細に書面にまとめて手渡していた。1カ月後にやっと現場の男たちも彼女の実力を認めてくれた。エレンは改めて英国社会にはさまざまな差別があると痛感した。

タトゥーは階級社会において人間としてのプライドを示す象徴

 エレンはまったくタトゥーをしていなかったので理由を聞くと「勉強が忙しくて、そんなこと考えたこともなかった」とそっけない返事。そしてエレンは慎重に言葉を選びながら“タトゥーは労働者階級または被差別階級において人間としての矜持”を表すシンボルというような意味合いの説明をした。

 逆から考えるとタトゥーを入れることは自分をある階層の人間であると宣言することになるようだ。エレンは学位を得ることがプライドであり、敢えてタトゥーによりプライドを誇示する方法を選択しなかったのだ。

自分のルーツの大地から自分を見つめ直す

 エレンは自転車を持参していた。エレンは英国女性としては小柄で162センチ。バリ島の前は南アでケープタウンからレソトまで1カ月野営しながら自転車で走破した。

 途中で100キロ以上乾燥した無人地帯があった。水をポリタンに15キロ、食料3日分を積んで走り抜けたという。テント、寝袋、着替え、炊事用具など合計すれば優に30キロ超の重量だ。さらに無人地帯で野生動物に襲われたり、もっと恐ろしい無法者に狙われるリスクも大きい。エレンの強靭な精神力に敬服した。

2つの学位を得ても年収3000ドルというアルゼンチン社会

 スミニャックで同宿となったアルゼンチンのブエノスアイレス近郊出身のルイは温厚な30歳。大学で8年間学んで農学(agronomy)と土木工学(civil engineering)の2つの学位を取得。ラテンアメリカでは学士の地位は高い。8年も在学できたのは上層階級の家庭の出身だろうと推察した。

 アルゼンチンは左派のフェルナンデス大統領の下で経済は破綻しているという。アルゼンチンは筆者の印象では第2次世界大戦後は10年ごとに経済危機に陥るというパターンを繰り返している。特に歴代左派政権は大衆迎合的なバラマキ政策により財政破綻している。

 インフレ率は100%を超えて人々は現金を不動産や自動車などモノに変えて防衛するしかない。

たとえ肉体労働しても労働者階級ではないという誇り

 ルイはアルゼンチンで農業土木技師として働いているが年収3000ドルにしかならない。他方でワーキングホリデー・ビザ(ワーホリビザ)を取得してオーストラリアの農場で収穫作業という肉体労働をすれば一年間で3万~4万ドル稼げる。アルゼンチンでは家を一軒買える金額だという。

 オーストラリアのワーホリビザの年齢制限は30歳までである。ルイは30歳で翌月の誕生日には31歳になるのでラスト・チャンスだ。ブエノスアイレスのオーストラリア大使館にはアルゼンチンの若者がワーホリビザを求めて殺到しており手続きに時間がかかる。それでバリ島のオーストラリア領事館からワーホリビザを申請しているという。

 オーストラリアを自転車旅行した時に広大な農場で収穫作業をしていた白人系若者たち(ルイも白人系アルゼンチン人)は逞しい肉体に派手なタトゥーをしていたことを思い出して、ルイにどうしてタトゥーをしないのかと何気なく聞いた。

 ルイは毅然とした表情で「俺は労働者じゃない。タトゥーは労働者のシンボルだよ」と即座に答えた。なるほど彼が言った労働者という言葉(worker)には“労働者階級”という意味もある。

 アルゼンチン社会ではルイはれっきとした学士様であり、まともな経済状態であれば大きな農業プロジェクトを立案し推進する立場の人間なのだ。たとえ肉体労働をしようとも自分は技術者であるという強烈な矜持を感じた。

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