2024年4月14日(日)

スポーツ名著から読む現代史

2023年2月22日

 その松坂に一回表、味方打線が大量4点をプレゼントした。1死後、西岡が内野安打で出塁し、イチローが送りバントの構えで揺さぶった末、四球。4番・松中も内野安打で続いて満塁と攻め立てた。キューバは急遽2人目の投手を送ったが、日本は押し出しの四死球で2点を先制。8番・今江敏晃が中前にはじき返し2人が生還した。

 松坂はその裏、先頭のパレに本塁打を打たれ、1点を失ったが、これがかえって薬となったか、四回までキューバ打線に追加点を与えない。五回に2点を加えた日本はその裏から下手投げの渡辺を投入し、逃げ切りを図った。粘るキューバは六、八回に2点ずつを加えて1点差まで追い上げたが、日本は九回、イチローと福留の適時打などで決定的な4点を加えてWBCの初代王者に輝いた。

ミスターアマチュアが伝えた「日の丸」のDNA

 まったくもって波乱に富んだ第1回WBCでの優勝だった。宿敵・韓国に1度ならず2度も敗れ、アジアでの王者のプライドは大きく傷んだ。また、米国戦での〝誤審騒動〟は、球審の特異なキャラクターが原因だったとしても、米国内での初めての大会にぜひとも勝ちたいという主催者側の強い思いが表れていた事例のようにも映る。

 同書の著者はWBCに出場した選手たちに密着して選手の本音を引き出す一方、大会に参加しなかった選手たちにも丁寧な取材を重ねている。その中で、とりわけ印象が強いのは「ミスターアマ野球」として五輪など国際大会で活躍した日本生命の杉浦正則だ。

 プロの選手にとって、五輪やWBCは本業のペナントレースとは別の「楽しみな大会」だったかもしれないが、アマチュア選手には「国際大会」の重みはプロ選手とは違う。とりわけ92年バルセロナ五輪から3大会連続五輪メンバーに名を連ねた杉浦にとって、日の丸を背負って戦う意味はほかの誰よりも重いものがあった。

 04年アテネ五輪から日本代表は全員がプロ選手となり、アマチュア選手にとって最大の舞台が奪われた。複雑な思いを抱えながらも、杉浦は同志社大時代の後輩である宮本や、日本生命の後輩、福留たちに「日の丸」の重みについて伝え続けてきた。

 WBCでの優勝は、チームを率いた王監督や、中心選手としてチームを鼓舞し続けたイチロー、大会MVPに輝いた松坂ら、参加した選手ら関係者だけでなく、杉浦のような「外部」からの力添えがあって初めて達成できた。そのことにも目配りし、紹介した同書に感謝したい。(文中敬称略)

   
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