スポーツ名著から読む現代史

2022年2月12日

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中島章隆 (なかじま・ふみたか)

元毎日新聞運動部長・論説委員

なかじま・ふみたか 1952年長野県生まれ。元毎日新聞運動部長・論説委員。現在は立教大講師、東京プロ野球記者OBクラブ理事。月刊政策情報誌「毎日フォーラム」で2009年から「スポーツを読む」を連載している。

 プロ野球12球団が今月1日からキャンプインし、新シーズンへ向けたチーム作りが始まった。その中で最もホットな話題を提供し続けるのが北海道日本ハムファイターズのビッグボスこと新庄剛志新監督だ。キャンプ地への登場の仕方から練習方法、練習試合での采配まで、さまざまである。この新たな風を、あの名伯楽はどう見ているのだろうか。

球界の話題をさらう新庄剛志氏(アフロ)

 戦後初の三冠王となり、南海、ヤクルトなど4球団の監督を務め、2020年2月に亡くなった野村克也。野球解説・評論家としても1980年代に「野村スコープ」を開発し、テレビの野球解説に新境地を切り開いたのをはじめ、多くの著書も残した。選手、監督を通じて、弱小チームをいかにして強くするかに心血を注ぎ、リーダーのあるべき姿、人材の発掘方法など多くの名言を残してきた。

 その野村が今も健在であったなら、昨今のプロ野球の「監督選び」をどう見ていただろう。きっと、大いにボヤき、悲嘆の声を上げたのではなかろうか。野村の著書を紐解きながら、野村流「監督論」を振り返りつつ、「新庄現象」の今日的意義を考えてみたい。

敬遠サヨナラ打も「反省」

 新庄といえば、阪神ファンなら「敬遠球をサヨナラ打」の場面を思い浮かべるに違いない。野村が阪神の指揮を執った1年目の1999年6月12日の巨人戦(甲子園)。延長十二回、阪神は1死一、三塁の一打サヨナラのチャンスを迎えた。

 巨人ベンチは敬遠策をとる。だが、打席に向かう新庄が野村に「打っていいですか」と合図を送ってきた。野村が「好きにせい」と応じると、新庄は槙原寛己の外角へのボールに体ごとぶつかるようにバットを出し、打球はレフト前のサヨナラ適時打となった。

 新庄の「意外性」を物語るエピソードとして語り継がれている場面だが、野村は後に著書の中でこう反省している。

 <よく考えれば失礼な話だ。相手は歩かせるといっているのだから、紳士協定に反する。あとで後悔した。バットが届くところに投げた槙原寛己も悪いかもしれないが、やはり紳士協定を考えると、こっちが悪い。打つなというべきだった>(『巨人・阪神 失敗の本質』宝島社新書、2018年、193頁)

 自由奔放にプレーをしているように見えて、実はきちんと監督の許可をとってプレーをしていた新庄の意外な側面が表れているし、このプレーを20年近くたっても悔いている野村の生真面目で執念深い性格もうかがえる。

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