徳政令のない日本の奨学金
これに対して、本人負担に重点を置く米国、英国、豪州は、学費は本人が負担する割合が高い。HECS(Higher Education Contribution System:高等教育負担制度)と呼ばれる貸付奨学金を中心に置き、政府や親は補足的な役割を果たしている。
公費負担に重点を置く北欧、中欧は、学費は政府が負担する割合が高い。奨学金問題が報道されるときに、「大学の学費が無料の国もある」と取り上げられるのはこのカテゴリーの国になる。
日本は、低所得層向けの奨学金は北欧・中欧モデルを採用し、中間層向けは米・英・欧モデルに近づきつつある。前回の記事で紹介した「所得連動型返還方式」は、日本版HECS(J-HECS)と呼ばれることもあった(大内裕和「岸田首相が進める「学費の出世払い」制度〜入・在学時負担ゼロの魅力と危険性」)。
しかし、日本の貸付奨学金とHECSには制度上大きな違いがある。徳政令、すなわち返還免除規定の有無である。HECSを導入する多くの国では、一定期間後の返済免除規定をもち、回収不能分は政府による補てんが行われている(図表4)。
これに対し、日本の「所得連動型返還方式」では月々の返済額は減額になっても、最終的な支払いを免れることはできない。機関保証会社は滞納があれば自社の利益を確保するために、容赦ない取り立てや厳しい取り立てを行う。「ブラック奨学金」の本質は変わらないのである。
複雑化で若者の不安は解消されない
23年度からは、大学院生を対象とした授業料後払い制度の新設、給付型奨学金の対象を中間層の多子世帯や理工農系学部に広げる動きがある(朝日新聞デジタル、2023年2月5日)。
最新動向としては、3月2日、自民党の「教育・人材力強化調査会」は、貸与型奨学金を受けた人が子どもを設けた場合、返済額を減免する案を提言した。提言は結婚を条件とせず、出産だけを条件とする方針だ。対象を母親の奨学金に絞るか、パートナーのものも含むかといった点や、具体的な減免割合は今後議論するという(時事通信社、2023年3月2日)。
貸与型奨学金の制度設計は、ますます複雑化し、わかりにくいものとなっている。これは、奨学金を若者への投資として考え、そのリターンを最大化しようとする考えが背景にある。理系学生や大学院生、少子化対策に貢献する女性を優遇し、文系学生や子どもを産まない選択をした女性は冷遇される。社会の分断を生み、若者の不安は解消されない。
奨学金政策でコストパフォーマンスを優先するがゆえに、結果として外部不経済を生んでしまう。こうした傾向はHECSを導入する国に共通する課題でもある。