2024年4月28日(日)

知られざる高専の世界

2022年11月18日

「高専」の価値を社会で認めることが日本の科学技術立国復活につながる鍵となるはずだ (YUICHIRO CHINO/GETTYIMAGES)

 世界が欲しがる「KOSEN」。かたや国内では「どこの専門?」と聞き返される「高専」。この奇妙なねじれに、日本を覆う学歴社会の分厚い暗雲とそこに差し込む光を同時に見る。

 高度経済成長期、日本の産業界からの技術者養成の要望に応えるべく創設された国立高等専門学校(高専)。1962年に12校から始まり、今年60周年を迎え、11月16日には高専制度創設60周年記念式典が開催された。15歳から5年間の早期専門教育を受けた多くの卒業生が、技術者として科学技術立国・日本の発展を支える一翼を担ってきた。昨今はさまざまな社会課題に技術で挑む高専生の姿が報道されるなど、その活躍はまさに飛ぶ鳥を落とす勢いだ。

中学校卒業後の段階から一貫した専門教育を行う「高専」

(出所)国立高等専門学校機構の資料を基にウェッジ作成
※1 [①]中学校卒業段階の生徒が入学でき、高校卒業者は高専への編入資格がある
※2 [②]高専卒業者は大学への編入資格と高専の専攻科に進学する資格がある
※3 [③]専攻科を修了して「学士」を得た者は、大学院修士課程への入学資格がある 写真を拡大

 現在、全国には国公私立合わせ57校の高専があり、少子化で学校の統廃合が進む中でも、その数は増えている。2023年には徳島県に神山まるごと高専の開校が予定され、滋賀県でも県立高専の新設が決まっている。

 さらに、高専の「就職率100%」は長年の実績として定着している。卒業生に対する求人倍率は10~20倍を維持し、不況下でも引く手あまただ。産業界と学術界の双方から「高専生は優秀」との評価を得ている。

 それだけではない。18年には経済協力開発機構(OECD)が東京高専を視察、直近では22年10月に日本と次世代エネルギーの共同研究を進める南アフリカの政府高官が静岡県の沼津高専の授業を視察するなど、海外からの視線も熱い。

 すでにKOSENを導入した国もある。タイだ。16年に「日タイ産業人材育成協力イニシアティブ」で示された今後のタイで求められる人材像は、まさに日本で高専が輩出してきた実践力・創造力を兼ね備えたエンジニアだった。国立高等専門学校機構(高専機構)の谷口功理事長は「タイの国会で高専について講演したことがある。当初は職業訓練校と捉えられていたが、説明を繰り返すうちにイノベーション人材の養成機関という理解が得られた」と話す。タイ初の高専は当時の教育大臣の肝煎りで19年に実現し、翌年には早くも2校目が設立された。

 国内外で有能な技術者を養成する機関として注目を集める高専だが、出身者の就職・転職を支援する人材紹介会社エリートネットワーク(東京都中央区)の高橋寛執行役員は高専生の〝入社後にある壁〟をこう指摘する。

 「弱冠20歳で即戦力となり、同学年の大学院卒が入社する4年後には新入社員を指導できるほどの力量になっている。しかし給与は大抵、院卒の初任給が上回る。また、有名企業からの求人も事業所単位の採用で、本社採用ではないことが多い。学校推薦という〝一本釣り〟で入社したものの、給与や昇進、勤務地など処遇差に不満を抱く高専卒業生も少なくない。しかも、転職活動では文系の人事担当者が高専のことをよく知らないという残念な現実にも直面する」

 もちろん給与や評価も大事だが、何より挑戦の機会が少ないと感じるフラストレーションは静かに技術者の心を蝕んでいるのではないか。

 毎年、約50万人が大学を卒業するのに対し、高専卒は全国で約1万人と圧倒的にマイナーな存在だ。それは少人数のクラス編成で実験・実習・実技を重視したきめ細かな技術教育を行うためであり、学生と教員の距離も近い。前出の谷口理事長は「学生一人ひとりの特性を把握し、能力を引き出し、活躍できる場を見出す。それが高専教育の神髄。社会のニーズに応えるという根本的な使命が変わらないからこそ、時代の求める人材の質の変化に対応すべく教育内容もシフトし、高専は進化を遂げている」と語る。

 一方、特に製造業においては、現場作業員や中堅技術者という固定概念は依然として強く、高専出身者を縛る。また、「大卒」という学歴が資格のように扱われる社会で、早く世に出た有為な若者を評価する体制は十分に機能しているとはいえない。

 前出のエリートネットワーク高橋氏は「日本は〝万年エンジニア不足〟だが、高度な工学教育を受けたモノづくりに長けた高専卒人材を労務作業員にとどめて就労させる限り、人材不足は解決しない。もったいない話だ。これは高専出身者だけの問題ではなく博士課程修了者も同様だ。なぜ彼らを母集団に含めないのか。大企業ほど雇用慣行を変えるのは容易でないが、地道に働きかけ、現状を改善していかなければならない」と話す。


新着記事

»もっと見る