起訴と「検事の人種」
では、トランプ前大統領は実際、起訴をどのように利用して支持者の結束を図っているのか、具体的な例を挙げてみよう。
第1に、検事の人種である(図表1)。トランプ前大統領は、ニューヨーク市マンハッタン区のアルビン・ブラッグ検事(民主党)を「人種差別者」だとレッテルを貼った。ブラッグ氏は黒人検事である。
同様に、トランプ前大統領は南部ジョージア州フルトン郡のファニ・ウイリス地区検事(民主党)も人種差別者だと攻撃した。ウイリス検事は、20年米大統領選挙でトランプ氏がジョージア州の選挙結果に介入して覆そうとした取り組みを捜査している。彼女も黒人検事である。
なぜ、トランプ前大統領は両検事の人種を持ち出すのか。白人労働者と退役軍人、キリスト教福音派および白人至上主義者といった白人中心の支持基盤にアピールして、彼らの結束を強める意図があることは明らかだ。「白人が黒人検事の標的になっている」という人種差別的メッセージを発信して、支持者固めに走っているのである。
本当に「魔女狩り」なのか?
第2に、「魔女狩り」のメッセージである。トランプ前大統領は、バイデン政権が司法省を使ってブラッグ検事を動かして「魔女狩り」を行っていると主張して、支持者の結束を図っている。リベラルなニューヨークの民主党検事による「政治的動機付け」に基づいた起訴であるというメッセージを含んでいる。しかし、トランプ氏を起訴した大陪審は、無作為に選ばれた一般人である。
さらに、20年米大統領選挙でジョー・バイデン候補(当時)は、「司法省は独立機関であり、私は(同省の)意思決定に介入しない」と約束した。大統領就任後もバイデン氏は、司法省は独立機関であるという認識に立って政権運営をしている。
ある出来事がそれを物語っている。メリック・ガーランド司法長官は、バイデン大統領の機密文書持ち出しを捜査するために、トランプ前大統領が任命した共和党員のロバート・ハー検事を特別検察官に任命した。米紙ワシントン・ポストは、ホワイトハウスのスタッフはこの任命に驚きを隠せなかったと報じた。司法省とホワイトハウスには、一定の緊張関係があるとみることができる。
2回目の「被害者」
第3に、「被害者」のメッセージである。以前紹介したが、共和党関係者が設立した反トランプ色の強い「リンカーン・プロジェクト」は、トランプ前大統領を支持するMAGA(マガ Make America Great Again:米国を再び偉大に)が、最終的にトランプ氏に共和党大統領候補になる機会をもう1度与えると分析した。MAGAは、バイデン大統領は不正によって当選した「非合法的な大統領」、トランプ前大統領は「被害者」であると強く信じているからだ。
MAGAの視点に立てば、今回の起訴でトランプ前大統領は2回目の「被害者」になったことになる。同前大統領は、MAGAの結束を高めるには、自分が「被害者」であるというメッセージを送り続けることであると理解しているはずだ。