イランの核開発に関するブラジルの野心的な構想が欧米の賛同を得られず失敗したように、ルーラのウクライナの和平交渉も同じ運命をたどるかもしれない。ブラジルは、ラテンアメリカにおける民主主義の後退や国際犯罪の増加から、気候変動に至るまで、世界的・地域的な課題において重要な役割を担っている。ルーラのエネルギーは、そちらに費やした方がよいかもしれない。
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ルーラのウクライナ問題解決に貢献したいとの熱意と、繰り返されるロシア寄りの発言について、このスチュンケルの論説は、ブラジル外交全体の枠組みとその背景から論じている点で興味深い。
スチュンケルは4つの重要な要素を上げているが、留意すべきは、これらの要素の中には、いわゆるグローバルサウス諸国が共有する点があることである。
これまでの国際秩序は、結局は、欧米諸国の主導によるもので、その利益に資するものであり、世銀、IMFの意思決定過程からブラジルなどの新興国が事実上排除されることに強い不満がある。ウクライナ戦争についても、ロシア非難や経済制裁などが欧米の論理で行われていることにグローバルサウスは疑念を抱き、武器支援や制裁には参加しないわけである。
そこで、ウクライナ戦争について、交渉による停戦を目指すために仲介的な役割を果たそうとするルーラの和平イニシアチブは、ウクライナへの武器支援と経済制裁でロシアを撤退させる欧米主導のウクライナ支援同盟とは一線を画すものとして、グローバルサウスの支持を得る余地がある。
ルーラは仲介者にはなり得ない
しかし、ブラジルが、昨年3月2日のロシア批判決議に賛成し、今年2月23日のロシア撤退決議にも賛成しながら、無条件で交渉による停戦を仲介することには違和感があり、また、ブラジル経済を支える農業に不可欠な肥料をロシアからの輸入に依存していることや、スチュンケルが理解すべきとする第1の要素として掲げたロシアとの長年の友好関係が、公正な仲介者としてウクライナに受け入れられるとは思えない。
主要7カ国首脳会議(G7広島サミット)の「平和で安定し、繁栄した世界に向けて」と題するアウトリーチセッションにルーラは招待国首脳として、また、ゼレンスキーもゲストとして急遽対面出席した。ブラジル紙の報道によると、ルーラは同セッションで、ウクライナの領土保全の侵害を非難し、紛争解決手段としての武力行使を強く否定しつつも、人命の損失を止めるために戦闘を停止し平和について話し合うべきと主張してきたと述べ、国連の場で紛争当事者が説明し議論すべきと発言した由である。
予想された、ルーラとゼレンスキーの1対1の首脳会談は実現しなかった。日程上の行き違いがあったものと思われるが、ゼレンスキー側のプライオリティが高くなかったのではないかとも推察される。
調停者となるためには双方紛争当事者の合意が必要であり、この点で、上記の論説が指摘している通り、ルーラの和平イニシアチブが成功する可能性は低く、ルーラは地域問題や気候温暖化問題にそのエネルギーを集中した方が良いということかもしれない。