ブラジル・サンパウロの政治学者のスチュンケルが、1月8日の暴動事件を契機にルーラ新大統領が前政権で高まった軍部の政治への介入の傾向を糺さなければ将来に禍根を残すことになると2月1日付の米国外交専門メディア「フォーリン・ポリシー」ウェブサイト掲載の論説‘Can Lula Rein in Brazil’s Military?’で論じている。要旨は次の通り。
1月8日、ブラジル議会などが襲撃された事件は、2021年1月6日の米国議会襲撃と多くの共通点があるが、大きな違いは、ブラジルでは軍部が共謀した証拠があることだ。ブラジルの軍事独裁政権が崩壊して数十年たつが、軍組織は完全にコントロールされておらず、ブラジル民主主義が直面する最大の弱点だ。
ボルソナロ前大統領は、6000人以上の軍人を政府の役職に任用し、国有企業の幹部に軍人を登用するなど軍人を優遇し、軍部は選挙プロセスにも口を挟むようになるなど問題はさらに悪化した。
軍や警察の責任者の処罰だけでは、ブラジルの文民統治と治安の構造的な問題の解決にはならない。ブラジル史において、軍部は1889年のクーデタ後、1920年代の改革運動など1世紀以上政治の中心的な役割を果たしてきた。
ブラジルは1995年から2013年までの間、比較的政治的に安定していたため、多くの観察者は、文民と軍人の問題が一応の決着を見たかのように錯覚した。この間に、国防省が発足し、ルーラは2007年に、文官を国防相に任命し軍の文民統制を実現した。
しかし、2013年以降、政治不安と経済停滞が進み、2016年にルセフ大統領の弾劾を受けて就任したテメル大統領は、2018年2月、国防相に将軍を任命し文民統制に終止符を打ち、都市犯罪などの国内問題に時折軍を活用した。当時の政治的・経済的な不安定状態もあり、有権者は軍の政府への関与を強めるボルソナーロのレトリックに影響されやすくなっていた。
世論調査では、国民の軍隊に対する信頼度は、教会に次ぎ、大統領府、議会、司法及びマスメディアよりも高い。
それでも、1月8日の襲撃を国民の多くは認めず、軍側は守勢に立たされており、ルーラは、軍と文民との関係改革に着手する絶好の機会を得た。ルーラは、大胆な行動を取りやすい国際環境にもある。ここ数カ月、前副大統領など元軍の高官は、国際世論の反応がネガティブであることを理由にクーデタ反対を公に示唆している。世界の指導者たちがルーラの当選を祝福し、1月8日には新大統領支持で集結したことを軍指導者も認識したはずだ。
しかし、国民の関心が1月8日事件から離れれば、ルーラのチャンスは数カ月で終わってしまうかもしれない。ルーラが、現在の軍・文民関係の危機に迅速な対応を行わない限り、将軍たちは、今後さらにその立場が強化されたと感じることになるかもしれない。
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ブラジルの暴動については、欧米における報道ではもう終わったような扱いであるが、この論説を読むと、問題の根の深さに改めて気付かされる。
1世紀以上続いた軍人が政治の主導権を取る時代を通じて、政治権力における軍部の優位性や国政における権能が暗黙の裡に国民意識の中に根付き、軍事独裁政権時代の人権侵害などにつき法的、道義的清算を行うことなく、民政に移管されたこともあり、ボルソナロ支持者が軍部の実力行使により権力維持を図ろうとした意図にもそれなりの現実の素地があったわけである。