2024年12月4日(水)

スポーツ名著から読む現代史

2023年7月28日

 <東京ドーム切符を手中に収め、胴上げが始まった。霧雨の中で野村は3度、宙に舞った。「いい気分でした。神宮? 何か因縁を感じます。こんなことを言ってはいけませんが、意地がありました」。脳裏をかすめたのは、やはり阪神監督を追われた時のつらい思い出だった。(略)反骨精神こそ野村の真骨頂。まずは第一関門をクリアした>(103頁)

初めての都市対抗

 8月23日に開幕した都市対抗本大会。シダックスは第1日目の第2試合、優勝候補の豊田市・トヨタ自動車との対戦だった。

 ヤクルト時代の愛弟子、古田敦也らを輩出した強豪相手に野間口が力投。8回を2失点に抑えると、打線も奮起し、クリーンアップの本塁打そろい踏みなどで5-2と快勝した。

 大阪市・NTT西日本との2回戦は、野間口が不調で4回3失点で降板。しかし、七回、キンデランの同点3ランが飛び出し、延長戦に。野村が本領を発揮したのは十回裏、無死満塁のチャンスをつかんだ場面だった。

 <ネクストバッターズサークルの主将・松岡(淳)を呼び止め、野村がささやいた。「内角一本を待て。必ず来るから。力むとファウルになるから、軽くレフトに犠牲フライを打つつもりで、待っておけ」。アドバイス通り、2球目の内角に沈むシンカー系の球をコンパクトに叩くと、左翼線をライナーで抜けるサヨナラ打となった。松岡はこの日それまで4打数無安打だった>。

 翌日の練習が始まる前、松岡は野村に尋ねた。<「相手は絶対にゲッツーを取りたい場面や。詰まらせて、サードゴロに仕留めたいやろ。試合の前の日にビデオで見ていたんで、思ったんや。得意球のシンカー系のボールが、早いカウントで来るとな」>(108~109頁)

 順調に8強に勝ち上がった野村シダックス。8月31日の準々決勝、9月1日の準決勝で野村は「賭け」に出た。疲労が見えた野間口を温存、決勝戦に備えようという計画だ。

 エースを使わずに姿を消す可能性は当然あった。それでもあえて踏み切ったのは、優勝への強い意欲の表れと言えるかもしれない。

 結果は野村の賭けが成功する。準々決勝の太田市・富士重工戦は武田勝の力投で7-3で勝利を収め、大津町・ホンダ熊本との準決勝は鷺宮製作所からの補強選手、川合真司が好投し、6-2で決勝進出を決めた。

あと3イニングで逃した黒獅子旗

 迎えた9月2日、決勝戦を戦ったのは川崎市・三菱ふそう川崎。3年前の大会で優勝した都市対抗常連チームだ。

 中4日の休養明けの野間口は六回まで川崎打線を2安打無失点に封じ、打線も三回に2点、五回にも1点を加え、3点をリード。「あと3イニング」リードを守り切れば優勝旗「黒獅子旗」という、野村にもうひとつ、大きな勲章が付加される。

 七回の野間口は先頭打者を内野ゴロに打ち取ったが、続く打者にカーブをとらえられ左翼線二塁打。1、2番打者には死四球を与え、満塁とピンチを広げた。投球数は138球に達していた。

 投手コーチの萩原康がマウンドに歩み寄る。交代を告げられると野間口は思ったが、萩原は「何とか頑張れ!」と野間口を激励してベンチに戻った。

 継投期を逸したシダックスに、川崎市の重量打線が襲い掛かる。3番・渡部英紀が粘って押し出し四球を選び、全日本の4番でもある西郷泰之は野間口の145球目を中前にはじき返し、2者が生還、同点に追いついた。野村はようやく重い腰を上げ、左腕・上田博之をマウンドに送ったが、初球にスクイズを決められるなど、この回5点を奪われ、逆転を許した。悲願の初優勝は野村の手からするりとこぼれ落ちた。

 試合後のミーティング。野村は選手たちにこう語った。<「最後の最後になって、私自身が大変な決断の時に、決断できなかった。ちょっと迷ったというかね。思いきれなかった。本当にみなさんに迷惑をかけたと感じています。今後はそういうことがないように、また来年大きな課題ができたんで、もういっぺんまたイチからやり直して、頂点へ頑張っていってもらいたい。うまくしゃべれないけど、本当にみなさん、よくやってくれました。大満足しております」>(119頁)


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