2022年10月3日(月)

スポーツ名著から読む現代史

2022年8月16日

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中島章隆 (なかじま・ふみたか)

元毎日新聞運動部長・論説委員

なかじま・ふみたか 1952年長野県生まれ。元毎日新聞運動部長・論説委員。現在は立教大講師、東京プロ野球記者OBクラブ理事。月刊政策情報誌「毎日フォーラム」で2009年から「スポーツを読む」を連載している。

 真夏の甲子園球場で繰り広げている第104回全国高校野球選手権大会。一昨年の第102回大会は新型コロナウイルスの感染拡大のため中止となり、やはり中止となった同年春の選抜大会の代表32校を招いた「交流大会」として1回戦のみの交流試合が行われた。

 昨年の第103回大会は、一般の観客を入れない異例の措置を取りながらも2年ぶりに大会を開催、球児たちは試合ができることの喜びを満喫した。今年は観客もスタンドに戻り、いつもの高校野球人気を取り戻した。

(Comstock/gettyimages)

 今大会もコロナ感染者の選手入れ替えなど特異な大会運営が進められているが、80年前にも異例づくしの甲子園大会があった。1942(昭和17)年8月、戦争激化のため、大阪朝日新聞社主催の選手権大会は前年に続いて中止となったが、国民の戦意高揚を目的に、当時の文部省と、その外郭団体が主催し、全国の予選を勝ち抜いた16校が参加した「全国中等学校錬成野球大会」だ。

 選手は「選士」と呼ばれ、国民の戦意高揚を狙った軍国主義が色濃く表れた大会だった。「第1回大会」とされたが、翌年以降、戦争の激化で大会は開かれず、朝日新聞の記録からも除外された「幻の大会」となった。

 埋もれかけた歴史を掘り起こし、幻の大会に光を当てたのが今回紹介する2冊だ。『わかれは真ん中高め』(ベースボール・マガジン社)は毎日新聞大阪本社の運動記者が全国の関係者を訪ね歩き、1983年に若者向けに出した。当時はまだ、大会に出場した選手がまだ60代で、大会当時の記憶も生々しかった。

 早坂隆の『幻の甲子園』(文芸春秋)は、2010年に刊行された(12年に文庫化)。大会から70年近くが経過し、生存者も少なくなった中、遺族を含め多くの関係者の証言を集めた労作だ。ウクライナの戦争が長期化の様相を深める中、80年前、球児たちの必死な野球への思いを著書から読み解きたい。

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