2024年7月19日(金)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2023年8月17日

 確かに国境が安定すれば、両国の協力関係は進む。しかし1990年代以降、武器の使用を禁止し、実効支配線の管理を強化してきたにもかかわらず、2020年に部隊の衝突が起こり死者も出た。それを防止するために部隊同士の合意ができ始めていることを以て国境問題の棚上げに向かう可能性を示唆しているが、物事はそれほど簡単ではない。社説がインドの多元的な国益を根拠に米国の単純すぎるインド観を批判しているのは良いが、国境問題に関しては省略が多すぎる。

インドはそう容易く国境問題を棚上げできない

 インドのジャイシャンカル外相は、2021年1月の講演において、国境問題のみならず、広く中印関係のかかえる問題を鋭く指摘している。そこには中国のインドに対する基本認識と姿勢に対する遠慮のない批判が披瀝されている。同外相は演説で、例えば、インドの原子力供給国グループへの加盟と国連安全保障理事会常任理事国入りに対する中国の反対、市場アクセスの約束を巡る齟齬、インドへの攻撃に関与したパキスタン人テロリストの国連登録の中国による阻止、中国とパキスタンの経済回廊によるインドの主権への侵害などを挙げている。そして、これにインドの国民感情が加わる。つまり、インド側には国境問題を簡単に棚上げできない厳しい事情があるということだ。

 インド国境における中国の活動の活発化は、尖閣諸島問題と同じように、胡錦濤政権末期に始まる中国の自己主張の強い対外強硬姿勢がもたらした。つまり、国粋主義的ナショナリズムに突き動かされた結果であり、そのやり方も同じだ。自分たちが領土と主張する場所に対し、実力による現状変更を行い、既成事実化し、隙があればさらに拡張する。行動した後はそれを自分の理屈で正当化する。この中国の行動、その背景にある論理の修正がなされるか否かが問題解決のカギであり、修正の程度により中国と世界の関係改善の成り行きも変わる。

 中国は、現在、厳しい米中関係を反映して、外交における戦術的調整を行っていると見るべきであり、戦略的転換ではない。中印国境問題もそういうものとして眺めるべきだ。

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