「鳴子のこけし」に託す発電所から地域への思い
「第3次こけしブーム」が続いている。江戸時代後期に東北地方の温泉場で誕生したこけしは、子どもの玩具や湯治客の土産物として定着。昭和になると民芸品、美術品としての価値が高まり、蒐集家らを中心に人気を博す。戦後の高度経済成長期には東北の温泉も行楽客で賑わい、こけしの土産は半日で店頭から消えるほどのブームとなった。
そして、三度目のブームは約10年前、「こけ女(こけし女子)」と呼ばれる女性ファンの先導によって始まった。伝統に依らない創作こけしが注目され、ネットの拡散で海外にも波及。今も人気を集めている。
そのこけしが、とうとう発電所のシンボルにも変身。今年4月2日、発電機を頭部に、蒸気タービンを胴体に見立てた巨大なこけしが鬼首地熱発電所(宮城県大崎市)に出現、ニュース番組などで放映されると瞬く間にSNSがざわついた。
「何これ、カッコいい」
「こけしロボだよ」
「3万世帯の電力を賄うことのできるスゴいやつ」
むろん、ロボットではない。同発電所の長塚哲也所長はこう話す。
「経年劣化した発電所の設備を一新し、リプレースを終えて6年ぶりに運転を再開するにあたり、地元とともに歩む私たちの姿勢を何かの形で表せないかと考えました。ここは栗駒国定公園の中にあり、付近にはいくつもの温泉や間欠泉があります。ともに地熱という大地の恵みを分かち合い、自然の中で生かされる存在として、地域との結びつきは特に大切に思ってきましたから」
こけしをモチーフに選んだのは、日本三大こけしで有名な鳴子温泉が市内にあり、地元愛を象徴する存在だから。よく見れば、タービン・発電機の形と似ていなくもない。鳴子のこけしはどっしりした佇まいと可憐な表情、菊や楓の華やかな模様が特色。その魅力を見事に映した地元こけし職人お墨付きの装いである。
天然ボイラーの蒸気で動く地熱発電のポテンシャル
鳴子温泉から北へ約20㎞、奥羽山脈の雄大な山々に囲まれたカルデラの中心部に、鬼首地熱発電所はある。一帯は片山地獄と呼ばれ、多くの噴気孔から熱水が噴き出す日本有数の熱源地帯として知られる。
発電所が誕生したのは1975年。火山大国の豊富な地熱資源を経済成長に伴う電力需要に生かそうと、Jパワーが調査開始から10年以上を投じて完成させた。折しも2年前にはオイルショックが日本を襲い、石油依存から脱するべくエネルギー源の多様化が叫ばれた時期でもあった。
「それから42年、高い設備稼働率を維持してきましたが、発電効率をさらに高めて長期に運用できるよう、すべての設備を刷新することにしたのです」(長塚所長)
その背景には、世界を覆う脱炭素化とエネルギー確保への切実な事情もある。地熱発電のCO2排出量は太陽光や風力に比べても格段に少なく、再エネの弱点とされる季節や天候変化の影響も受けないので稼働率が極めて高い。日本の地熱資源量は世界3位で、大型火力・原子力発電20基分に当たるとされる。純国産エネルギーとしての潜在力は強大だ。
「常に安定的に運転できて出力調整も容易な地熱発電は、電力需要を下支えするベースロード電源として期待されています。そのポテンシャルを、未来へ向けて確実に活かしていくことが私たちの役割です」
火山地帯の下、数㎞を超える地下にはマグマ溜まりがあり、高温高圧となった水や蒸気が閉じ込められると地熱貯留層を形成する。そこへ井戸(生産井)を掘り、気水分離器で取り出した蒸気の力でタービンと発電機を回すのが地熱発電だ。残った熱水は別の井戸(還元井)へ送り、資源が枯れないよう地中深くに戻す。マグマ溜まりの寿命は数万年から数十万年ともいわれ、地熱貯留層の循環利用で永続性も期待できる。
安全性、環境性、地域性 3つの大前提で再始動
発電設備の一括更新にあたり、性能向上とともに重視したのが安全性だという。敷地内に点在していた生産井と還元井を埋め戻し、より安全なエリアに集約して新たに掘削。坑井数も半減させたが、効率アップにより出力1万4900kWと従前出力をほぼキープした。また、地中の温度や振動を常時監視するセンサーを各所に設置。異常を検知すれば即座に人員退避につながる体制を敷き、緊急避難用シェルターも各所に置かれた。事務所と発電所が遠隔であるため、四足歩行で自動点検する犬型巡視ロボットも導入している。
「加えて重視したのが自然環境への配慮です。ここはもともと景観保持、植生保全、騒音抑制、熱水還元の4つの方針を掲げて開発された発電所で、今回も同様に建屋の色や高さを含む周辺環境との調和、動植物の保護には特に気を配って調査や準備を重ねてきました。もちろん、地元の温泉に影響がないか源泉のモニタリングも行っています」
一般に1000mを超える深さにある地熱貯留層に対し、温泉帯水層は数百m以浅であり、地熱発電が温泉に影響を与えた報告事例は今までにない。だが安全性に絶対はなく、同発電所では50年近くにわたって源泉の流量や温度を測定し、温泉事業者などへの情報提供を続けてきた。
そうした姿勢は地域社会にも概ね好意的に見られているようで、鬼首地域づくり委員会副委員長の大沼幸男氏は次のように話している。
「鬼首には『結いの心』で助け合う文化があります。発電所の方々がそれを理解し、地元のお祭りや清掃などに協力してくださるのはうれしいことです。コロナ禍で中断しましたが、小中学校の音楽会など文化事業も支援してくださいましたね」
地域との交流活動は今年ようやく再開。7月末に行われたイベント「あつまれ!鳴子ダム」では発電所の職員が手作りクレヨンのコーナーを担当、家族連れとの交流を楽しんだ。自然エネルギーの担い手らしく、選んだ原料は蜜蜂由来の蜜ロウだ。
ただし、これからは親交を深めるだけでなく、「知恵の交流」にも期待したいと大沼氏は心情を明かす。
「人口減少や後継問題に直面する地域として、自分たちの力だけでは解決策にも限界が見えています。企業を含むいろいろな人たちの知恵を借り、助言を得て、新しい価値を見いだそうと検討を始めたところです」
観光だけでなく、この地域と何らかの接点でつながり続ける関係人口を増やすことに、そのヒントがありそうだと大沼氏は思い描いている。
「共生」のチカラが生む次世代エネルギーの価値
関係人口には当然、発電所の面々も含まれる。その自覚を形にして、地域への思いを皆で認め合う象徴として意匠化したのが、冒頭で触れた「こけしタービン」である。
「地域の恵みで生まれる電力だからこそ、その土地に発電所があることの意味や価値を突き詰めて、地元に還元する姿勢が大切なのだと思います。こけしの意匠はその視点に立って具象化した、共生への覚悟を示すアイコンでもありました」
そう語るのは、Jパワーのクリエイティブパートナーとしてこのデザインを手掛けた田子學氏(株式会社エムテド代表取締役)。田子氏は色・形といった狭義のデザインを超え、価値創造や戦略策定を伴う組織の全体適正化に関与する「デザインマネジメント」の提唱者。Jパワーでもこれを実践し、各地の拠点で「地域共生」の絆を強化しつつある。
鬼首に隣接する高日向山地域では今、新たな地熱発電に向けた資源量調査が進行する。そこにはどんな価値が生まれるのか。エネルギー安定供給と知恵の貢献が待たれている。