ただし、中国政府は尖閣そのものに強い関心はなかったため、「棚上げ」にこだわった。中国が「棚上げ合意」の根拠の1つとするのが、1972年に周恩来首相が田中角栄首相に語った内容である。周首相が尖閣諸島問題について、「今回は話したくない。今、これを話すのはよくない。石油が出るから、これが問題になった。石油が出なければ、台湾も米国も問題にしない」と言ったのは、台湾が尖閣の領有権を主張し、アメリカの企業に石油試掘権を与えたから問題になった、という意味であろう。中国にとって、尖閣問題よりも日中の国交を正常化させる方がよっぽど重要な課題だった。だからこそ、これを一方的に「棚上げ合意」の根拠としていると考えられる。
もっとも、近年、中国にとっても海洋資源が重要となった。中国は東シナ海のエネルギー資源の埋蔵量を過大に見積もっている。日本側の調査ではせいぜい30億バレルほどだが、中国のエネルギー産業は1000億バレルとしている。この見積もりの差が問題をより複雑にしているといえる。2008年の東シナ海における日中資源共同開発合意も、中国国内の強硬派の反発で事実上履行が不可能となった。漁業資源も重要である。中国の漁業技術は70年代とは比較にならないほど発達した。漁業資源は、中国13億人の重要なタンパク源となっている。
中国が尖閣の領有をあきらめることはない
それでも、中国にとって尖閣問題の本質は台湾問題である。中国は80年代に台湾有事への介入を積極的に阻止する戦略を取り、海軍は近海防衛を目指すようになった。東シナ海と南シナ海は、介入阻止戦略にとって重要な海域である。これらの海に浮かぶ島や岩礁はそこに軍事施設を建設すれば、警戒監視に役立つ。このため、中国は1992年の領海法で尖閣諸島や西沙・南沙諸島など、すべての島の領有を宣言したのだ。その後、実際に中国は南シナ海の島に軍事施設を建設し、周辺国から岩礁を奪ってきた。ただし、東シナ海では圧倒的に日米の軍事力が中国のそれに勝っているため、「棚上げ」を主張しながら、徐々に存在感を増すというやり方を取ってきた。
中国が主張する「棚上げ」は、日米に対してより優位な軍事力を持つまでの時間稼ぎに過ぎない。ただし、今はまだ軍事バランスは日米に有利である。おそらく、石原慎太郎・前東京都知事の購入発言がなければ、中国としては尖閣諸島をめぐって日本と事を構えたくはなかっただろう。だからこそ、船や航空機などの実力を使って、日本側に「棚上げ」を受け入れさせようとしている。
尖閣問題が台湾問題に直結している以上、中国が尖閣の領有をあきらめることはない。それは中国が「核心的利益」と呼ぶ台湾やチベット、新疆ウイグルなどに誤ったメッセージを送ることになるからだ。