正論である一方、そこまで言い切らねばならないのは、このような不正が戦況とウクライナの国内状況に取り返しのつかないダメージを与えかねないことを、大統領自身が熟知しているからにほかならない。ウクライナの社会調査では現在でも「ロシアに徹底抗戦する」との意見が圧倒的多数を占めている。しかし、自国軍内での不正の蔓延は、そのような国民の士気に甚大な影響を及ぼすのは必至だからだ。
繰り返される汚職スキャンダル
ウクライナ軍や政府をめぐる汚職事件は後を絶たない。1月にはウクライナ国防省による軍用食料の調達をめぐり、特定企業から不当に高い価格で食料を調達する手法で、300万ドル以上が着服されていたと報じられた。
同月には、インフラ発展省の次官が、発電機を含む支援物資の購入に充てられる資金を横領した事件も発覚した。同次官もまた、企業と共謀して物資の購入金額を不当に吊り上げ、40万ドルあまりを着服していたという。次官のオフィスでは、大量のドルやウクライナの通貨であるフリブナの紙幣が発見されたという。
ゼレンスキー大統領は「(政府関係者から汚職で巨額の利益を得ていた)過去にはもう戻らない」と強調したが、厳冬期にロシア軍の攻撃で電力を奪われる国民を守るための発電機の購入費用が汚職で消えていたという事実は、ウクライナの汚職の深刻さを物語ってあまりあった。
汚職問題に関して、従来はウクライナのメディアが精力的に実態を報じていたが、戦争が始まってからは、それらの報道は鳴りを潜めていた。しかし、戦争が長期化するなか、メディアは再び汚職問題をめぐる報道に注力しはじめており、そのような状況も、より多くの汚職問題が公になる背景にあるとみられている。
国民の不満が高まるなか、ゼレンスキー大統領は9月上旬には、オレクシー・レズニコフ国防相の解任に踏み切った。レズニコフ氏をめぐっては、1月に軍の食料調達を巡る汚職が発覚した際も解任が取りざたされたが、ゼレンスキー氏が留任を求めたとされる人物だった。
レズニコフ氏は2022年2月のロシアによる侵攻開始当初からゼレンスキー政権を支え、海外からの軍事支援の確保などでも優れた手腕を振るったとされており、ゼレンスキー氏は解任は避けたい意向だったとみられる。ただ、相次ぐ不正に対する国民の目の厳しさが増すなか、解任に踏み切らざるを得なかったもようだ。ゼレンスキー氏は9月18日にはさらに、国防省の次官6人全員を解任している。
先が見えない戦争
このような状況は、今後の戦況に甚大な影響を及ぼしかねない。
22年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、すでに1年半が経過したものの、戦争の終結は依然見通せない状況が続いている。開戦当初は、ウクライナ軍への入隊希望者が相次ぎ、軍は兵力の確保にそこまで苦心することはなかった。
しかし、戦争が長期化するなか、開戦当初と同様に国民の戦意を維持することは困難で、徴兵が思うように進まない実態が浮かび上がっている。