神がかった「無音の舞」
オープニングから会場は幻想的な雰囲気に包まれていた。囲いの中で白い羽が舞い降りる中、白いマント姿の羽生さんが翼を広げた。大歓声に迎えられ、マントを脱ぐと、プロジェクションマッピングで幾多の文字が描き出されたリンクで、滑らかな大きなストロークのスケーティングを披露した。
1曲目の「いつか終わる夢」を演じると、羽生さんが観客席へと迫る。リンクサイドのカメラに近づくと、等身大の羽生さんが大画面に映し出された。新たな演出シーンにひときわ高い歓声がこぼれた。
そして、ナレーションが響く。
激流にものまれ、押し寄せる流れに抗うことができないという苦しい心情がこぼれ落ちる言葉の連続だった。
幾度もあらがい、壊れ、止まる――。羽生さんはそんな繰り返しの日々をゲーム画面と向き合う自身を映し出すことで、まるで競技者時代のスケート人生を述懐しているようだった。
ゲーム曲を多用した今回の公演でも、魅せ場はいくつもあった。
圧巻だったのは、ゲーム「Undertale」の楽曲を使った「Megalovania」だろう。
強く振り上げたスケート靴を氷に打ちつける。ときに荒々しいスケーティングで氷を削る音がアリーナに響く。音楽も流れず、ナレーションもない。観る者の五感の全てが集中し、いっさいのごまかしがきかない「静寂の空間」を意図的に創出した。観客が固唾をのんで見つめる中、何にも頼ることができない無音状態で、羽生さんは〝戦って〟いた。
「原曲と原作へのリスペクトみたいなものがあります。Undertaleという物語があって、その戦いのシーンが最初、敵が無音で必殺技を繰り出すのですが、敵の攻撃の音だけが聞こえるシーンがあります。そういうのもかっこいいなとかということがありました。
ストーリー的にこれを組み込んだら、もしかしたら、今までは皆さんが、プレーヤーの羽生結弦と、ゲーム内にいる8ビットの羽生結弦、滑っている羽生結弦が分離して見えていたかもしれませんが、無音で一つずつ作り上げていけば、ゲーム内のキャラだったのかなと段々と辻褄が合ってくるのかなということを考えていました」
制作総指揮も手がける羽生さんは「どういうふうに皆さんの頭の中を整理していくかを考えていたつもりです」と振り返った。
競技ではできないコンビネーション
前半の最後には、さらに進化した羽生さんが舞い降りた。
それこそが、人気ゲーム「ファイナルファンタジー9」の楽曲を使った新演目「破滅の使者」だ。
まずは直前の6分間練習。これまでのショーでも競技者時代の本番さながらの調整時間を披露する場はあった。しかし、今回は「ラスボス」をイメージしたという「破滅の使者」との〝分断〟をせず、勇者がまもなく始まる激闘に向かう様を描いているように組み込まれていた。
いよいよ始まる「ラスボス」との闘いへ。〝物語〟が続くからこそ、6分間練習でもこれまでのような通常照明ではなく、次に滑るプログラムとの連続性が演出されていた。