ユダヤ系とアラブ系の対応の差
以前紹介したが、2012年米大統領選挙でオバマ陣営の選対本部長を務めたジム・メッシーナ氏は、バイデン大統領が中西部ミシガン州、ウィスコンシン州並びに東部ペンシルベニア州の3州を死守できれば、他の激戦州を落としても「選挙人」270を確保し、ギリギリで再選できると予想した。今回もこれらの3州が鍵を握っている。
しかし、イスラエル・ガザ戦争がバイデン大統領のミシガン州での勝利を危ういものにしている。以下で、その理由を説明しよう。
米国におけるアラブ系の人口は約350万人で、前回の大統領選挙では同系の64%がバイデン大統領、35%がトランプ前大統領に投票した。バイデン大統領は激戦州の1つであるミシガン州で勝利を収めたが、トランプ氏との差は2.8ポイントであり接戦であった。
ミシガン州におけるアラブ系人口は21万1405人で、同州人口の2.1%に当たる(23年)。特に、デトロイトの西に隣接するディアボーンには、10万5988人のアラブ系が住んでおり、同市の54.5%を占めている。
ディアボーンはヘンリー・フォード出生の地で、フォード・モーター本社がある。最初のアラブ系住民は、1890年代初頭に、レバノンからディアボーンに移入した。彼らは、自動車工場で働く労働者であった。市長はアラブ系のアブドラ・ハモウド氏である。
ちなみに、筆者は2016年米大統領選挙で研究の一環としてクリントン陣営に参加した際、同選対の指示で、ディアボーンで戸別訪問を行った。当時、クリントン元国務長官はミシガン州における勝敗のポイントは、労働者票に加えて、アラブ系の票にあるとみていた。
2024年、バイデン大統領もボランティアの草の根運動員をディアボーンに送り、戸別訪問を実施する可能性が高いが、運動員は同大統領のパレスチナに対する対応についてアラブ系の不満や怒りに直面するかもしれない。ミシガン州選出の連邦議員やイスラム系の団体は、彼らの怒りを汲み取って、バイデン批判を展開している。
例えば、米連邦議会で唯一のパレスチナ系連邦議員ラシダ・タリーブ下院議員(民主党・ミシガン州)は11月3日、自身のX(旧ツイッター)に、「ジョー・バイデンはパレスチナ人の大量虐殺を支持した。米国人はそれを忘れない。今、停戦を支持しろ。あるいは2024年(米大統領選挙)、われわれの票に頼るな」と投稿し、バイデン大統領を激しく非難した。
また、全国イスラム民主評議会は10月30日、バイデン大統領に書簡を送り、翌31日午後5時(東部時間)までに停戦をするように要求した。書簡の中で「われわれの声が無視されたら、あなた(バイデン大統領)に(24年米大統領選挙で)投票しない。簡潔に言えば、ガザ地区が赤い血で染まるように、激戦州が赤くなる」と主張した。赤は共和党のシンボルカラーである。つまり、即時停戦を実施しなければ、激戦州で共和党が勝利するという「脅し」ともとれるメッセージを大統領に送ったのだ。それほど、アラブ系はバイデン大統領のユダヤ系とアラブ系の対応の差に不満があるのだ。
率直に言ってしまえば、ホワイトハウスのアラブ系への対応に問題があった。バイデン大統領は、ハマスがイスラエルを攻撃すると、その4日後の10月11日、ユダヤ系コミュニティーのリーダーをホワイトハウスに招き、意見交換を行った。面会は公開され、ホワイトハウスは翌12日、ユダヤ系寄りの声明を出して面会の内容を紹介した。
これに対して、バイデン大統領がアラブ系コミュニティーのリーダーとホワイトハウスで面会したのは、ハマスの攻撃から18日後の10月25日であった。加えて、面会は非公開で、ホワイトハウスからの声明はなかった。
ホワイトハウスはアラブ系から批判されると、彼らの怒りを鎮静化しようと、イスラム恐怖症とヘイトクライム(憎悪犯罪)を阻止するための国家戦略を策定すると発表した。当初の米国では、アラブ系に対する怒りが各地で起きていたからである。
さらに、ホワイトハウスはトランプ前大統領が2017年、イスラム教徒が多数を占める7カ国からの入国一時禁止をした政策を批判した。アラブ系にトランプ前大統領が実施した反イスラム教徒の政策を思い出させ、彼が「反アラブ」であると再認識させようとメッセージを発信したのだ。