2024年11月22日(金)

キーワードから学ぶアメリカ

2023年11月29日

 なお、米国は多くの場合、地方政府(連邦や州ではなく市など)が犯罪問題を管轄し、警察も地方警察を基本としていて、重大な薬物犯罪や組織犯罪などを除く多くの犯罪には州警察も連邦警察も関わらないことから、犯罪発生率は地方政府ごとに大きく異なっている。

 サンフランシスコ市とニューヨーク市は、後述するように最近では不法移民の受け入れが大問題となっているし、ホームレスの数も多い。多くのテクノロジー企業が本社を構えるサンフランシスコでは、他地域と比べてリモートワークやハイブリッドワークの影響を受けやすく、同市のオフィスの空室率は全米主要都市での中でもとりわけ高くなっている。不動産サービス大手CBREが9月に発表した報告によると、全米のオフィスの空室率が18.2%なのに対し、サンフランシスコの場合は31.6%に達している。

 サンフランシスコ市やニューヨーク市での体感治安の悪化が頻繁に報告される背景にはこのような事情がある。また、これらの都市で体感治安が悪化しているからと言って、他の都市でも同様の事が起こっているとは限らないことも念頭に置く必要があるだろう。

体感治安がおよぼす影響

 もっとも、いくつかの都市で体感治安が悪化しているのは事実である。例えばサンフランシスコ市では、ベイエリア・カウンシルの調査によると、犯罪を恐れてダウンタウンには行かないと回答した住民は65%に及んでいる。

 これは、政治的に重要な意味を持つ。まず、市民感覚で治安が悪化しているという印象があれば、市の政治、経済的に大問題となる。

 単に窃盗が多いだけならば商店も店内の警備を強化すれば対応できる可能性があるが、体感治安が悪いという印象が強まり街に来る人が減ってしまうと、そもそも営業が成り立たない。多くの商店が、実際の治安よりも、体感治安を重視する傾向があっても不思議ではないのである。

 近年の米国では、二大政党のうち民主党が都市部で、共和党が農村地帯で優勢である。米国社会の分断が顕著になり、二大政党の対立が激化する今日、全米で最もリベラルな地域であるサンフランシスコ市やニューヨーク市の状況は、保守派からの格好の攻撃対象となる。例えばフロリダ州知事で24年大統領選挙の共和党候補となることを目指しているロン・デサンティスは、左翼のせいで街が崩壊した、リベラル派の政策が生活の質を破壊したという発言を繰り返している。

 共和党が秩序の低下を強調するのは、治安悪化のイメージと、それがもたらす悪影響を恐れる人々の不安を強め、都市部で優勢な民主党に批判を向けるためだと推測される。

不法移民、ホームレス、集団窃盗の増大

 共和党が治安問題の悪化を根拠に民主党を批判できるのは、いくつかの背景がある。

 まず、不法移民が増大していることが、治安悪化の印象を強めている。トランプ政権期には不法移民による治安悪化が盛んに争点化された。トランプ大統領が不法移民取り締まり強化を訴える一方で、民主党は不法移民にも寛大な態度をとるよう求めていた。当時、問題となっていたのはアメリカ=メキシコ国境周辺地帯の治安だった。

 だが、ジョー・バイデン政権になって以降、テキサス州のグレッグ・アボット知事やフロリダ州のデサンティス知事がリベラル派と民主党が優位する大都市に不法移民を移送するようになると、都市部での不法移民対策が大問題となった。これら都市は不法移民がある程度訪れた場合でもその生活を支援する仕組みを整えていたが、急激に大量の不法移民が移送されてくると、対応能力を超えてしまった。その結果、都市部でも不法移民が治安を悪化させるのではないかとの懸念が強まったのである。


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