民間衛星が安保を担う時代
日本は国際的議論の先導を
大澤 軍民の境界線があいまいになっているのは、宇宙も同様だ。ウクライナ戦争ではウクライナ軍の通信を米スペースⅩの「スターリンク」が担っているし、偵察にも欧米民間企業の商用衛星が使われている。宇宙の安全保障を考えていくには、こうした商用衛星の存在を前提とする必要がある。
実際、ウクライナ戦争の開戦初日には、米国の商用通信衛星に対しロシアからサイバー攻撃が行われ、通信障害を引き起こしている。また国連総会の会合の場で、ロシア政府は西側諸国の人工衛星も軍事目標とみなす可能性に言及している。
台湾有事でも当然、開戦当初から、中国による通信衛星や測位衛星(GPS)への妨害、対衛星兵器(ASAT)を用いた攻撃があり得る。難しいのはウクライナ戦争の事例にある通り、第三国の商用衛星が関係してくる可能性が高いという点だ。日本の通信を担う第三国の商用衛星をいかに守るか。また反対に、こちらからも妨害・攻撃する必要があるが、その対象が第三国の人工衛星だったらどうするか。頭の痛い問題だ。
渡邊 そもそも宇宙は冷戦期の米ソの都合で、あえて国際法上あいまいにされてきたふしがある。宇宙空間と領空の境界も決められず、また領域主権もなく、ただ人工衛星とその中の乗員に対する管轄権および管理の権限だけがある。だが今や、そのような領域にある人工衛星なしでは、日常生活は成り立たなくなってきている。
今年1月の日米安全保障協議委員会(2+2)では、日本の人工衛星に対する攻撃などを、日米安保条約第5条の発動につながり得るものとした。だが、領有権のない宇宙は第5条の前提である「日本国の施政の下にある領域」といえるのだろうか。議論が必要だ。
大澤 人工衛星の妨害・破壊により地上で大きな被害が起これば、結果としてわが国の存立にとって重大な危機を及ぼすため、第5条が適用されるということかもしれないが、いずれにせよ2+2の件は、宇宙に既存の安全保障枠組みを適用し攻撃を抑止できるように「ナラティブ(物語)」を作り上げていくための、今後に向けた布石であると思う。
住田 中国の認知戦の戦略「三戦」には輿論戦、心理戦と並んで「法律戦」がある通り、米中ともに既存の国際法の中でどう解釈できるか頭をひねり、国際社会に訴え、前例を積み上げて「正しさ」を確立しようとしている。日本にはそうした努力が足りないと思う。今回の鼎談で触れられたのはごく一部だが、特に「新領域」は法的にはまだあやふやな部分が数多くあり、日本はそうした分野が戦いの趨勢を左右する台湾有事の当事者となるのだから、国際的な議論を先導していってほしい。
(聞き手/構成・本誌編集部 大城慶吾、書籍編集室 木寅雄斗)