「いつ頃からか、書か書じゃないとか、書か音楽か絵画かというジャンルすらも何かバカバカしくなって、何でカテゴライズするのだというクレームまがいの感覚も自分の中から消えてしまって、ボーダーが見えなくなっていった。臨書も、手本を横に修業している感じで、自分の字を書きたい思いもあったけど、今は模倣が楽しくてしょうがない。吸いながら吐いている。海外と日本も意識しなくなって、何だかみんな合体しちゃった。二元論が一元論になって、すごく楽になりました」
楽になるということは、魂がどんどん自由になっているということでもあろう。この夏、初めて大病をした。初めての経験は神経をこれまでとは全く違う方向から尖らせ、波立たせ、波を乗り越え、また一皮剥ける。元気になったら「さらに一段と楽になっちゃって、すべて楽しくなきゃおかしいだろう」という世界にいたという。穏やかな笑顔で迎えてくれたわけがここでやっとわかった。
さらに自由になった魂で、柿沼は金沢での個展に臨む。テーマは「書の道『ぱーっ』」。尊敬する岡本太郎の「音もなく、おどろおどろしい残骸もなく、ぱーっと宇宙に放射する 無償に無目的に。色でない色 形でない形で。全生命が瞬間にひらききることが爆発なのだ」という言葉がベースになっているものと思われる。
会場の広さも、天井まで12メートルの高さも破格。
「書を観ている感覚を忘れて、きっと笑っちゃうと思いますよ。この作家はどこまで突っ走るんだろうって。書はアートであるけれど、個人的な世界が問われる現代アートたりうるかという挑戦です」
8月に地元矢板市の体育館で、高さ12メートルの部屋と勝負する過去最大の作品を一瞬にして描ききった。巨大な筆と一体化した柿沼からウーッ、オリャー、ンンンッと気合とも雄叫びともつかない音が漏れる。柿沼の魂が紙にぶつかる音。エネルギーがほとばしる音。
エネルギーが伝わる作品こそが美しいとかつて柿沼は語っていた。素直にたまげて、常識が崩れ、思わず顔もほころんで、その後でどんな波が自分の中に湧き上がってくるのか……筆が奏でる柿沼の音楽を聴きに行きたい思いがこみ上げて、早くも金沢へと心がはやる。
(写真:佐藤拓央)
柿沼康二(かきぬま こうじ)
1970年、栃木県生まれ。柿沼翠流、手島右卿、上松一條に師事。毎日書道展毎日賞2回受賞、独立書人団独立書展特選、手島右卿賞など受賞多数。伝統書から特大筆による超大作、トランスワークと称する独自の表現まで、書の可能性を追求し続けている。
<お知らせ>
柿沼康二 書の道「ぱーっ」
2013年11月23日(土・祝)~2014年3月2日(日)
金沢21世紀美術館 電話:076-220-2600
■「WEDGE Infinity」のメルマガを受け取る(=isMedia会員登録)
「最新記事」や「編集部のおすすめ記事」等、旬な情報をお届けいたします。