研究と本とわたし

2013年10月21日

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 でも、特に高校時代は「自分は文学少年だ」ということは、自分でも嫌になるくらいよくわかっていたんですよ(笑)。というのも、『蛍雪時代』や『高2コース』という学習雑誌に詩を投稿すると、必ずと言っていいほど第1席になる。そのうち選者の詩人から、もっと大人の同人誌なんかに仲間入りした方がいいと言われたりもしましたからね。

 高校時代には、角川書店から立原道造、中也(中原中也)、新潮社からの朔太郎(萩原朔太郎)もあり、というふうに、主要な詩人の全集が次々と出た時代だったので、それらをことごとく購い、そのほか名立たる文学作品は、この頃までにほとんど読み終えていたのです。

 けれども、そういう自分は軟弱なように感じて嫌だったので、もっと硬い政治や思想・哲学等を勉強しようと思って――。それでちょうどこの時期に中央公論社から出版事業としても画期的な『世界の名著』シリーズが刊行されたので、毎月配本してもらって読んだりもしました。

――それで、大学は早稲田の政治経済学部に進まれたわけですね。

髙橋氏:堅い政治思想史を専攻したのですが、やはり、おもしろくない(笑)。結局、大学院では文学を研究することにした次第です。

 実は大学時代には、“仮面浪人”の時期もあるんです。週に何日か予備校に通いながら、藝大(東京藝術大学)の油画科を目指していました。当時は競争倍率もたしか数十倍にもなっていて、5浪6浪くらいしている人もザラにいて、私も2~3回受験したのですが、残念ながら合格できませんでした。

 そういうことをしていたものだから、政経学部には7年間いました(笑)。学期末試験のときに、カンニングと試験監督に見なされ、弁明も聞いてもらえず、その年度の取得単位を全部はく奪されたこともありましたしね。本当は授業に出ていないから自分の受けている科目名や担当教員の名前すら正確にわからなくて、隣の人が科目欄に何と書いているか見ようとしただけなんですけどね。

 当然成績も悪くて、いわゆる“可山優三(かやまゆうぞう)”(※可が山のようにあり、優は三つくらい)。そのせいか、教師になってみると、成績が悪いとか、途中で脱落していく学生には非常に同情的になるという(笑)、ちょっと変わった大学人になってしまいました。

――大学時代に印象に残った本があれば、教えてください。

髙橋氏:政治思想史の藤原保信先生の授業で、ルソーの『学問芸術論』(1750年)が入学早々最初のレポートのテーマになりましてね。一週間で読んで、批評せよというわけです。ちょうど、先ほど話した『世界の名著』の中にも入っていたので、改めて熟読しました。これは、もともとは「学問や芸術の再興は、習俗の純化に寄与するのかどうか」というテーマの仏アカデミーの懸賞論文で、無名のルソーが思想界にデビューするきっかけとなった作品です。ルソーの答えはNonでした。このレポートを書いたときは「ああ、大学に来たな」という感じでしたけど、大学の学部時代にまともに読んだのは、結局これ1冊くらいでしょうかねぇ(笑)。

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