もう1つの注目分野は貿易だ。すでに問題を抱えているメルコスール(南米南部共同市場)との協定交渉は、EU議会の右傾化によって麻痺するかもしれない。また、EUの東方拡大を実現するために必要な広範な制度改革や予算改革を進めるのも容易ではない。強硬派の政治家たちは、外交政策と予算について多数決を拡大する独仏のイニシアチブを各国の拒否権を減らすことになるとして嫌っている。
ユーロ圏債務危機や移民危機からコロナ・パンデミックやロシアのウクライナ侵攻に至るまで、この15年間、EUを圧倒しかねない出来事の波に対して、EUは懸命に戦い、一定の成功を収めてきた。今回の違いは、6月以降、こうした課題に対処するためのEUの努力を支えてきた中道的で統合主義的なコンセンサスが大幅に弱体化することである。
* * *
高まりつつある極右派の発言力
この論説は、6月6~9日に行われる欧州議会選挙で極右派が躍進することが予想され、その結果、従来の中道派を中心とする統合推進のコンセンサスが弱まり、移民、法の支配、気候変動、貿易、EU予算およびEU拡大等の政策をめぐり対立が深まり、結果としてEUの結束や影響力、更には国際的地位に悪影響をもたらす恐れがあることを判りやすく論じている。これまでEU統合の推進役であった欧州議会が極右派により逆の役割を果たすというのは歴史の皮肉である。
もっとも極右派がどの程度議席を伸ばすのかが問題であるが、いずれにせよ極右派の発言力が増すこと自体がこれまでのパワーバランスを質的に変えるものとなる点が重要であろう。
5年に1度の欧州議会選挙は、比例代表制であり、各国に一律の支持政党に対する世論調査的な、または、中間選挙的な意味合いを有することからも注目される。欧州議会は、加盟国を横断する会派形成が義務付けられており、伝統的に中道右派と中道左派が多数派を占めて欧州統合の推進母体となって来た。
現有議席は、総数705中、中道右派が187、中道左派が148、第3党がマクロンの党を中心とする中道リベラル派が97で、主流派を形成している。極右派のID(アイデンティティと民主主義)は71で第4党に過ぎないが、それ以外にIDと足並みを揃える右派のECR(欧州保守改革派)が61議席を有している。他に有力グループとして緑の党等の環境派が68、左派が39議席、といわば7つの有力政党の分立状態で、いずれの会派も単独で過半数獲得には程遠い。
次期選挙では議席が720に拡大するが世論調査では、中道派政党が議席を減らし、極右派IDが第3党に躍進することが予想されている。極右派のIDがECRと連合しても過半数を占めることはないと考えられるが、移民政策、気候変動、保護貿易政策等では、中道右派が国内対策上の理由で極右派に歩み寄る可能性もあり、問題によっては、極右派の主張が過半数の支持を得る場合も排除されないであろう。