彼は、こう続けた。
「プーチン氏は、大多数の人々が政治に興味を持たないように仕向けている。彼らは、政治といった〝高尚〟なテーマに目を向ける前に、彼らは自分の問題に目を向けなければいけない。人々が心配しているのは、自分自身を今日、どうやって養うかであって、国の未来をいかに良くするか、ということではないんだ」
「典型的なロシア人は、アメリカの影響のせいで生活が悪くなっているとの報道を信じ、月に3万ルーブル(約4万9000円)の給与の半分を公共料金と家賃、残りの半分を、食べ物とウォッカに費やしている」
「ロシアでアルコールが安いのは、決して偶然ではない。政府は価格を(目的に沿って)コントロールしている。男性はウォッカを買いに行き、酔っぱらって週末を過ごし、週明けには町で唯一の職場である工場に行く。そして工場で働く人々は、プーチン氏に投票しなくてはいけない。そうしなければ、彼らは解雇されるか、給与を剝奪される。不満を言えば、即座に強制的な抑圧の対象となる」
ロシアに行くと痛感するのは、その国土の広さだ。しかし人口規模は約1億4000万人と、日本と大きくは変わらない。人口の希薄な地方に住む多くのロシア人にとり、数少ない職場の経営者の意向に歯向かうことは、ほぼ不可能だ。
そのような地方に住む多くのロシア人を「政権支持」に向かわせるために、彼の言葉を借りるならば、「恐怖とプロパガンダ、そして貧困」というシステムが構築、利用されているというのだ。
また、別の知人はこう語った。
「実際には、ロシア人の4割はウクライナ侵攻に反対している。侵攻に反対している人がごくわずかという世論調査は、本当の意見を言えないからそうなっているだけだ」
4割でも、日本人の心理からすれば、決して多いとは言い難い。ただいずれにせよ、ロシアの世論調査で大多数のロシア人がウクライナ侵攻を「支持している」と表明するのは、調査に正直に答えることを危険だと考えるからだというのだ。
ロシア人がプーチン氏を支持するのは、以下に述べるように、決してウクライナ侵攻をめぐる判断だけが理由ではない。しかし、もしウクライナ侵攻に反対する人々がプーチン氏を支持しないと表明するならば、8割前後で推移する同氏の支持率には到達しないのが実情だ。
ナデジディン氏にナワリヌイ氏も……
反対派を徹底排除
もう一つの要素は、政敵の徹底排除だ。このような指摘もあった。
「プーチン氏は常に、政治的な競争相手を排除してきました。だから、ロシア人にはほかに支持するべき政治家が〝いないように見える〟のです」
実質20年以上に及ぶプーチン政権は、政敵を常に排除することで、安定を保ってきたといっても過言ではない。今回も、その傾向は鮮明に示された。反戦派のボリス・ナデジディン氏の選挙からの排除と、アレクセイ・ナワリヌイ氏の投獄だ。
ナデジディン氏をめぐっては、同氏の陣営が提出した、大統領選出馬に必要な署名数が足りていないなどとし、立候補資格が付与されなかった。「すでに死亡した人の署名が含まれているなど不備があった」との理由だが、ロシアでは反プーチン姿勢を示す人物に対し、出馬が認められない事態はこれまでも繰り返し起きてきた。そのような状況に、市民は誰も驚かなくなっている。
そしてナワリヌイ氏は、北極圏の刑務所に収容され、その地で命を落とした。「自然死」という診断が下されたが、その死を取り巻く状況は、決して〝自然〟とは言い難いものだった。