チェチェン武装勢力による劇場占拠人質事件とプーチンの強硬策
本編(上)に続いてプーチンがなぜ多くのロシア国民から支持されているのか考えてみたい。
2002年10月、ロシア初のミュージカルという触れ込みの『ノルド・オスト』を鑑賞。当時モスクワ市内ではミュージカル『シカゴ』も上演されていたがロシア初に惹かれて『ノルド・オスト』に決めた次第。第二次大戦中の北極圏での飛行機冒険談というようなストーリーだった。
劇場は1000人近い観客で満席。欧米先進国に劣らない純ロシア国産本格的ミュージカルであるとして観客は大いに愛国心と栄光のソ連邦へのノスタルジアを掻き立てられたようだった。終演後のカーテンコールも万雷の拍手だった。
そのわずか1週間後の10月23日に『ノルド・オスト』上演中の劇場はチェチェン独立派武装勢力により占拠され900人以上が人質となった。最終的にはプーチンの決断により特殊部隊が強行突入して人質を解放。犯人42人は全員射殺されたが人質129人が犠牲になった。
その後2004年にも学校占拠事件が起こり銃撃戦で約400人(半数は子供)の人質が犠牲になった。度重なるチェチェン独立派のテロに対してぶれずに強硬策を継続したプーチン政権は最終的に治安を回復した。
事件当時プーチンの強硬策には賛否両論あったが、時の経過とともに治安を回復したプーチン政権の功績のみが一般ロシア国民の記憶に残った。家族がプーチン流強硬策の犠牲になった不幸な人々はロシア国民全体からみれば数字的には極めて少数だ。それゆえ泥沼のチェチェン紛争とテロ事件からの短期間での治安回復だけがプーチンの功績として広く記憶されているのだ。
米国映画のハリソン・フォードに嗚咽するモスクワっ子
2002年冬。新作米国映画『K19』の看板に惹かれて映画を見ることにした。モスクワ市内の映画館はほぼ満員で意外にも中高年の姿が目に付いた。
物語は1961年東西冷戦の最中、潜水艦からの弾道ミサイル発射実験をするためにソ連海軍の最新鋭原子力潜水艦K19が処女航海に出て原子炉事故を起こした実話であった。
ハリソン・フォードが艦長役の原潜はカナダ沖で原子炉事故を起こす。しかし艦長は機密漏洩を恐れて救援を求めず、自力で修理することを決断。修理チームの決死の作業で応急修理に成功したが、放射能被曝によりチームメンバーは次々と死亡した悲劇だ。
この決死隊の作業が始まるころから映画館内は異常な雰囲気に包まれ、あちらこちらですすり泣く声が聞こえ始めた。原子炉修理のクライマックスでは観客席から悲鳴や応援するような掛け声が相次いだ。
映画が終わってからもハンカチを握りしめて嗚咽している人々が残っていた。軍隊だけでなく役所や職場など様々な立場でソ連邦を支えてきたであろう中高年の人々の複雑で鬱屈した感情、ノスタルジックな愛国心を感じた。プーチンは巧みにこうしたロシア人の愛国心に訴えて求心力を保っているのだ。