制度紹介のガイドブックでは届かない
著者の横山さんは、「最初の構想は、医療や年金などの制度別のガイドブックを作ることでした」という。しかし、書き上げたサンプル原稿は、編集者から突き返された。「15歳に届くような工夫をして欲しい」
悩んだうえに思い出したのが、病院の相談員時代に出会った人たちである。彼ら彼女らを主人公にして物語を組み立てることはできないだろうか。
できあがったサンプル原稿には、ユウジの人物像が丁寧に描かれていた。社会の新商品開発のプロジェクトチームにエントリーを決めたこと、ひとり親家庭で育ち奨学金の返済に追われていること、恋人のサキが手渡したパンフレットが相談のきっかけになったこと。相談室のレイアウトや初回面接時のやりとりなど、制度説明に入るまでの人物描写にページを割いた。
「これでいきましょう」――。編集者の一言で方針が決まった。
登場人物の生き方に共感できるか
主人公の描き方にもこだわった。
「『弱い人』だけで終わらせたくなかった」と横山さんはいう。
製造業の営業マンとして活躍するユウジだけでなく、理学療法士を目指して大学に通うサトシ、事故で妻を失い2人の子どもを育てるマサト、念願の商品企画部に異動したエミリ。登場人物は、それぞれの人生を必死に生きている。
第4章に登場する高校生のマミは、バイト先で知り合ったリキヤとセックスをし、妊娠する。妊娠検査薬で陽性が出た時の絶望、リキヤへの告白、覚悟を決めて受診した産婦人科の受診。両親への報告とリキヤからの回答。そして、マミの高校生活は……。
これまでの社会保障の入門書では、「高校生の妊娠事例」と書いて使える制度を示し、対象者や利用条件、給付内容の解説へと続く。そこでは、主人公の葛藤や決意は置き去りにされてきたのである。
ネガティブイメージをどう払しょくするか
「『15歳からの社会保障』は、知る機会を提供することに全フリした本です」
横山さんが心がけたのは、社会保障制度に対する「スティグマ」を減らすこと。スティグマとは、利用者への差別や偏見、サービスを使うことを恥ずかしいと思う意識などを総称する言葉である。最もそれが強く出るのは生活保護制度だろうが、失業保険や社会福祉サービスなどの他の社会保障制度でも、ネガティブイメージは常につきまとう。
ゲラをみせて知り合いの専門職に意見を求めたさいに、「模範的な相談者だね」とコメントされたという。現実の相談者は、本書に登場する主人公たちのように物分かりがよい訳でもなく、関係者が「いい人」ばかりでもない。ハッピーエンドに落ち着く事例はむしろ少数かもしれない。
筆者自身も自戒を込めて言うのだが、リアルな現場や登場人物を忠実に再現すると、どうしても「社会の標準」からは外れた人物像となってしまう。世にあふれる貧困者のドキュメンタリーの登場人物は、一般的な社会規範からみれば驚くような価値観や文化のなかで生活している。