トランプの中絶をめぐる立場は一貫しているわけではない。1999年には、中絶を嫌ってはいるものの、女性が望む場合は認めるべきだとの立場を示していた。
だが2000年には中絶禁止派に転じたと表明している。16年大統領選挙時には福音派の支持獲得も目指して立場を硬化し、中絶を行った女性に何らかの処罰を行うべきだと発言したこともある。また、18年に連邦議会下院が妊娠20週以降の中絶を禁止する連邦法案を提出したのを支持する旨公表し、22年にドブス判決が出された時には、自らが保守派判事三人(ニール・ゴーサッチ、ブレット・カバノー、エイミー・バレット)を指名したおかげだと自画自賛した。
だが中絶問題をめぐる反発が強まっていく中、デサンティスがトランプに対抗して大統領選挙に出馬する姿勢を見せていた23年9月には、デサンティスが妊娠6週以降の中絶を禁止する法案に署名しようとしているのは誤りだと発言した。それ以後、24年3月には妊娠15週目以降の中絶を禁止する連邦法制定を支持するかのような発言をしていたものの、4月には中絶問題については州政府が決定するべきだと州権論的な立場を表明した。だが、アリゾナ州の判決を受けて、同州は行き過ぎてしまったと批判している。
なお、そのアリゾナ州で上院議員選挙に出馬しているトランプ派のカリ・レイクも、同判決ではなく、妊娠15週以降の人工妊娠中絶を禁止する法律を作成すべきだと主張してやや穏健な立場を示そうとしている。人工妊娠中絶の絶対禁止を求める岩盤支持層と、その他の有権者の意向の間で、いかなる立場をとるのがよいか苦心しているようである。
党派を超えるようになってきた中絶の支持
人工妊娠中絶問題は、共和党支持者である宗教右派、とりわけ福音派と呼ばれる人々にとって最重要争点であった。共和党は、イデオロギー的には財政的保守派、すなわち小さな政府の立場を提唱しつつも、選挙に際しては宗教右派の動員に依存していた。
トランプはさまざまな女性問題を抱えるなどしており、16年の大統領選挙では当初は宗教保守派の支持を得ていなかった。だが、彼はフェデラリスト協会に保守派の法律専門家のリストを作成させ、自らが大統領になれば中絶禁止派を連邦最高裁判所判事に任命すると宣言した。
民主党候補のヒラリー・クリントンは女性の権利の重要性を強調する政治家であったため、彼女が大統領になると中絶容認派を判事に指名すると考えられていた。宗教右派はクリントンの勝利を防ぐべく、トランプ支持を決めたのだった。
ここで問題になるのは、ロウ判決が否定された今日、大統領選挙や連邦議会選挙において、宗教右派の動員がこれまでと同様になされるかである。宗教右派は、進化論、同性婚などの争点も重視しているものの、人工妊娠中絶の権利を否定することを最優先してきた。その目的が達成された以上、それ以上の規制、例えば全国一律での全面禁止や妊娠6週間以後の禁止を求めるほどまでに強い情熱を福音派が持ち続けるとは考えにくいのではないかとも指摘されている。
今日、人工妊娠中絶の権利を認めるための住民投票がさまざまな州で行われているが、接戦州であるミシガンや民主党が優勢なカリフォルニアとバーモントのみならず、保守的なケンタッキー州、モンタナ州、オハイオ州でも、中絶容認派の主張が認められている。あらゆる争点が党派のレンズを通して議論されるようになっている現在においても、中絶の権利をめぐる問題は党派を超えて支持されているようにも見える。