2024年7月15日(月)

世界の記述

2024年6月6日

取材しない取材

 筆者は95年10月から01年4月まで、5年半を毎日新聞のヨハネスブルク特派員としてすごし、今年年初、23年ぶりにこの地に戻り、3カ月間、ヨハネスブルク南西郊外のソウェトですごした。主な目的はズールー語を学ぶことだった。

 ソウェトは1930年代に黒人労働者を集めるために築かれた南ア最大のタウンシップ(非白人居住区)である。2011年の国勢調査では黒人人口が98.5%を占め、いまも白人やアジア系を目にすることは滅多にない。白人ばかりだった北郊外のサントンには黒人が増え、レストランやお店の客も店員も黒人が大半を占め、隔世の感があるが、ソウェトでの多人種混在はさほど進んではいない。

高台から見たソウェトの町並み

 筆者がここに滞在したのは俳優で映像作家のケレ・ニャウォ(62歳)=年齢は当時、以下同=の家に居候したためだった。その3カ月間、筆者は特派員のころとは違う取材方法をとった。

俳優、映像作家のケレ・ニャウォ

 テーマを決め前のめりに質問をぶつけるのをひかえ、出会った20代から80代までの総勢約100人の言葉にひたすら聞き耳を立てた。詳しい理由は別の機会に書くが、要は彼らの考えをそのまま知りたかったからだ。よそ者の取材にはどうしても聞き手の意図が紛れ込み、彼ら彼女たちの真意がゆがんでしまうという反省からだった。

 このため、これから書くものは、貧困層の多いソウェトの中の一地区ピリを中心とした半径数キロ以内で筆者が耳にした言葉と、それをもとにした人々の政治意識だとお断りしておく。

夢の時代から30年

 まず言えるのは、彼らが見事なほど、政治、特に政局を語らないということだった。大統領ラマポーザのラの字も出てこない。「まったくやつら、政治家ときたら」と唾棄すべき者といった言い方はするが、ANCがどうなる、どんな政治をしてほしいかといった話を自ら語る者はほとんどいない。

演出家で俳優のチュラニ・ディディ

 約25年前、筆者が初めて南アに暮らしたころはネルソン・マンデラ(94~99年在任)と、その下で実務に当たったタボ・ムベキ(99~08年同)が大統領だった時代で、アパルトヘイト後の人種融和がキーワードだった。言わば「理想」あるいは「夢の時代」だ。

 そのころ、マンデラの愛称、マディーバという音を日々、至るところで老若男女から聞いた。演出家で俳優のチュラニ・ディディ(56歳)は「ヒーロー」というマンデラをたたえる歌を作り、「彼は何でもかなえてくれる魔法の男」といった歌詞がつづくカセットテープをあちこちに売り歩いていた。

 英国国教会の大主教だった南ア黒人でノーベル平和賞受賞者だったデズモンド・ツツ(1931~2021年)がレインボー・ネーション(虹の国)という言葉を広め、白人と黒人の経済格差をどう縮めるかを人々は熱っぽく語っていた。


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