2024年7月14日(日)

世界の記述

2024年6月6日

「この男」呼ばわり

 ところが、今回、筆者は到着早々、マンデラがすべてのお札の顔になっていることに驚きはしたが、一方で、誰からもマディーバという愛称を聞かないことに「あれっ」と思った。代わりに聞いたのは「ディス・マン(この男)」という呼び方だ。

筆者が寄宿した部屋(右)の前で酒盛りをする人々

 1月末、スコールでソウェトの道が川のようになった日の夜のこと。ピリ地区にある居候先の中庭でビールを飲んでいると、頭からバケツの水をぶったような激しい降りになった。夏の嵐からかくまう形で、そこにいた男、デイビッド・テジャネ(56歳)を筆者は部屋に招き入れた。

元闘士のデイビッド・テジャネ

 雑談をしていた彼が机の隅に立てていた写真に目を留めた。90年代に筆者が撮ったマンデラの写真だった。

 暴力に巻き込まれたとき、何かの役に立つかもしれないと日本から持ってきたものだった。「それは?」と聞くので、「あのころ、月に一度、マンデラの家で外国人記者団の会見があったんだ」と応じると、彼は一つため息をつき、静かに語り始めた。

 「この男のせいで、俺たちはひどい目に遭っているよ。この男が白人を全部許したから、俺たちはいまもこんなままだ。この男さえいなければ……」

 簡単に白人と融和すべきではなかったということだ。デイビッドは若いころ、アザニア人民解放軍(APLA)というゲリラ組織で反アパルトヘイト活動を繰り広げていた。解放軍が94年に政府軍に吸収されたため、彼はその後の30年を軍人として働いてきた。

 最後まで武装闘争を続けようとした彼がANCの穏健派の象徴マンデラを嫌うのも道理。そう理解したが、「この男」という言い方は何もデイビッドに限らなかった。元ANC党員たちからも同じ言い方を聞いた。少なくとも、マディーバと呼ばれ、かつてのように誰からも愛されているふうにはない。

今も残る「アパルトヘイトのつけ」

 今回の選挙で第4党につけたEFFは「経済的解放の闘士」と訳される。端的に言えば、白人から土地や経済利権を奪い返せと主張している。党首はカリスマ性が今ひとつな上、身ぎれいな政治家という印象が薄く、過去3度の選挙で支持率は1割前後を推移している。

 それでも「土地の奪還」という考え方を口にする人は結構いる。少なくとも若いころに白人政権を体験した中高年に多い。アパルトヘイトは「終焉」という言葉がつきものだが、それは制度が終わっただけのことであり、人々の心の中に依然、古傷のように残っている。

 日本でもそうだが、戦争による心の傷が子へ、孫へと伝搬するように「アパルトヘイトのつけ」はいまも如実に残っている。祖父、父の振るまいが影響したのか、白人といると妙に緊張する、つい背伸びをしてしまうといった、若い人たちが結構いる。彼らはアパルトヘイトを体験していないのに。

 だとすれば、20数年前の隣国ジンバブエのように、白人農民が黒人の元解放闘士たちに襲われるような事態が、散発にとどまらないこともないとは言えない。


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