街並みは良くなった側面も
一方、人種間の緊張を打ち消す声も少なくはない。「この30年で人種間関係は本当に良くなった」(クワズールー・ナタール州でズールー語を話す70代の白人女性)、「私の中には劣等感も人種意識もまったくない。同じ人間だから」(ソウェト在住の30代の女性)といった声だ。筆者から見ても、傲岸な白人も卑屈な黒人も消え、全体に30年前より人々はリラックスしているようだった。たった3カ月間の観察にすぎないが。
多くの住民が自ら政治を語らなかったのは、アパルトヘイトという強大な敵の存在が薄まり、日常の政治そのものを見るようになったから、という気がする。つまり、議会、政党政治に対する激しい失望だ。
ソウェトは同じ街かと思えないほど発展し、一部の地域は高級住宅街、サントンを思わせる邸宅が建ち、巨大なショッピングモールから大学、病院と、90年代と比べれば格段に発展した。ダウンタウンの治安は悪くなったが、ソウェトはあのころに比べ、東洋人の筆者が歩いても格段に安全な地になった。もちろんやられるときはやられるだろうが、街路を何時間歩いていても、あのころほどのきな臭さ、緊張がない。
それでも、「政治家」を信頼しない理由
それだけとっても、ANCはいい仕事をしたと思えるのだが、「政治家」という音を聞いたときの人々の反応は悪い。明るい顔が急に曇り、顔をしかめる人ばかりだ。
隅々まで行き渡る汚職体質、縁故主義、それに伴う黒人間の貧富の格差、行政サービスの激しい劣化、周辺アフリカ各国からの移民流入による治安の悪化などなど。
「こうした問題の一つでもANCの政治家たちが解決できると思うか? 俺は思わない。政治的指導者たち、彼らは何もできない」。脚本家のケレが3月に始めたドキュメンタリー・シリーズ「ボイス・オブ・ザ・ボイスレス(声なき者の声)」の主題は「アパルトヘイトの南アと民主化された南ア、どっちが良かった?」である。
もちろん、差別がいいはずはない。ただし、教育から上下水道、電力、医療など公共サービスは明らかに悪くなっている。絵はがきを出すため郵便局で切手を買おうとしたら「もう売っていない」と言う。
「局員が盗んで金に換えるから置かなくなったんです」と中年の女性局員がひそひそ声で言った。昨年より良くなったとは言え、毎日2回に分けて4時間も続く国による全国的な計画停電、通称ロード・シェディング(負担の分配)。発電所や変電所の故障が原因とされるが、前大統領のズマ時代に建設された施設を現大統領ラマポーザが使いたがらないからだと人々は信じている。前に比べ、行政が合理、効率を大事にしなくなっているのは事実のようだ。
ソウェトの一地区ナレディに暮らす友人タフィ・マカニャ(60歳)の家では3月、まる6日間も停電が続いた。変電所の故障と言われたそうだが、一部住民が電気代を払わないための「懲らしめ」だと隣町の元高校教師、ムザマネ・シャーポ(66歳)は断言する。その点を当局に聞くと、「それはウワサです」と否定した。