敷地に入って正面にある建屋が醸造蔵で、入り口近くにはテイスティングエリアがあり、和風のおつまみや洋風チーズを食べながら試飲を楽しめる。
「週末には100人程度のお客様が訪問してくれます。日曜日には、シティーから寿司職人を招いて来場者にふるまうイベントも行っています」
こう話すのは、取材班が訪問した当日、施設を案内してくれた製造責任者の松藤直也氏。松藤氏は08年に入社し、工場長や東京の営業部長を歴任し、23年1月、獺祭NYに着任した。
敷地の左手には日本の「蔵」を思わせる建物がある。ここは精米所だ。獺祭の旗艦ブランド「二割三分」は、そこまでコメを研ぎ落としているということだ。米国人に精米という概念をきちんと理解してもらうことが酒へのリスペクトを高めるという想いからも、精米設備は欠かせないものだ。ただ、設置するにも大変な苦労があったと桜井氏は振り返る。
「精米設備を設置するのであれば、粉塵爆発を防ぐための防爆装置を設置するよう、州当局からの指示がありました。コメどころのカリフォルニアなどにも精米設備はあるはずで、防爆装置を設置しなければならないという話は聞いたことがありません。当局もコメの精米ということがよく分かっていなかったのかもしれません。
今にして思えば、こうした場合に備えてネゴシエーターを採用しておけばよかったと思います。米国はフェアプレー精神の国だから正面から行けば問題ないと考えたのですが、必ずしもそうではなかったことを学びました」
想定外の出費といえば、コロナ禍も大きく影響した。蔵で使用する醸造タンクなどは日本からすべて持ち込んでいる。「コンテナ1本30万円後半だったものが、コロナ禍で海上運賃が高騰し、ピークには300万円を超えて10倍にもなりました」(松藤氏)。
資材価格の高騰も追い打ちをかけ、当初は20億円程度と見込んでいた費用は結果的に約85億円まで膨らんだ。それでも途中でプロジェクトを諦めることはなかった。
なぜ、そこまでして現地生産にこだわるのか。獺祭は「ニューヨークで一番飲まれている酒」として知られている。だからこそ現地生産を行うことで、より効率的な販売体制の構築を進めたのかと思いきや、実はそうではないと桜井氏は言う。
「もともと、現地での売り上げが伸び続ける中で、効率化のために現地生産を、という声はありました。しかし、コスト削減や合理化を目的にして現地生産すれば、品質が落ちるリスクもある。それでは現地生産の意味がありません。むしろ、新しい食文化や市場を開拓したかった。だからこそ、世界の文化の発信地であるニューヨークで酒を造る意味があると考えていました。コスト削減や合理性だけを考えれば、カリフォルニアやメキシコなどのほうが優位性はあります」
データの見える化で
進化を続ける
獺祭といえば、杜氏をなくし、四季醸造をするということで知られている。ここから、徹底した「機械化」や「合理化」した酒造メーカーというイメージを持たれることがあるが、そうではない。
「例えば、IoTを導入してデータを積み上げていくということをするつもりはありません。データが多くなればなるほど、そのデータを解析するということをいろいろな方にお勧めされますし、実際にそうすれば魔法のように何かが上手くいく気がしますが、結果的にデータ解析の部分がブラックボックス化してしまいます。それでは、杜氏が技術をブラックボックス化していた時代に逆戻りです。
データは、皆が見えるからこそ意味があるのです。データを確認したうえで、発酵の温度を上げてみる、あるいは、コメに吸わせる水分を増やしてみる。あるチームはそれを試してみて、別のチームは違うアプローチをしてみる。そして、これは良かった、あれは悪かったと、繰り返していく。PDCAを回して、アジャイルしながら酒造りをしているのです」(桜井氏)