2024年8月2日(金)

BBC News

2024年8月2日

ジェレミー・ボウエン、BBC国際編集長

イスラエルは敵側に壊滅的な打撃を2度与えた。

イランの首都テヘランで7月31日、イスラム組織ハマスの最高幹部イスマイル・ハニヤ政治局長(62)が殺害された。イスラエルは攻撃を認めていないが、同国以上にハニヤ氏の死を望んでいた国があったとは考えにくい。レバノンに拠点を置くイスラム教シーア派組織ヒズボラの最高幹部フアド・シュクル氏については、ベイルートで「情報に基づく排除」作戦で殺害されたと、イスラエルは発表している

ハマスは昨年10月7日にイスラエル南部を襲撃し、1948年のイスラエル独立以降で最悪の流血の1日を同国にもたらした。以来、イスラエルにとってはハマスの幹部全員が正当な攻撃目標となっている。

イスラエルは、シュクル氏が殺害されたのは、同氏がヒズボラの経験豊富な司令官として、イスラエル占領下のゴラン高原で7月27日にあったロケット砲攻撃の責任を負っていたからだと主張している。この攻撃では12人の子供や若者が殺害された。

ヒズボラは7月30日のベイルートでの攻撃で、シュクル氏が殺害されたことを認めている。一方で、ゴラン高原での攻撃については関与を否定している。

中東はまたしても、全面戦争が差し迫っているのではないかという憶測に包まれている。こうした懸念は昨年10月7日以降続いている。いずれの側も戦争を望んではいないものの、そのリスクを冒す覚悟はますます高まっているという、致命的なまでに皮肉な状況にある。

イスラエルはアメリカの複数同盟国から、ヒズボラへの対応を調整し、壊滅的な報復や、広範かつ深刻な戦争を引き起こさずにヒズボラに打撃を与えるよう、圧力を受けている。

しかし、ハニヤ氏とシュクル氏の2人を暗殺するというのは、賭けに等しい行為だ。

ヒズボラの最高指導者ハッサン・ナスララ師は、ベイルート南郊の拠点への攻撃を、テルアヴィヴ攻撃の正当化に利用するかもしれない。

イスラエルもまた、イランがパレスチナの指導者の暗殺をめぐり戦争を起こすことはないだろうと、予測したのかもしれない。たとえイランの首都で、イランの保護下におけるハニヤ氏の死が屈辱的なことであっても、そんな事態にはならないだろうと。

ハニヤ氏がイランの新大統領に面会して間もなく殺害された事実は、イスラエルの攻撃力を劇的に表している。

イランは4月にイスラエルに向けて数百発のミサイルとドローン(無人機)を発射し、抑止力を再び確立したと考えていた。しかし今は、その主張が空虚なものであることが露呈した。

4月の集中砲火も、イスラエルの空爆への報復だった。イスラエル軍は4月1日、シリアの首都ダマスカスにあるイラン大使館の領事部がイスラエルによって攻撃され、将官7人が死亡したと発表。イランの精鋭コッズ部隊の上級司令官モハマド・レザ・ザヘディ准将と、その副官のモハマド・ハディ・ハジ=ラヒミ准将が死者に含まれると報じられていた。

今後の報復と全面戦争の可能性は

今後、イランや同国が支援するヒズボラ、あるいはその代理勢力からさらなる報復があるのは確実だ。イラク国内の親イラン派民兵は、ハニヤ氏殺害について、イスラエルを非難するのと同じくらいアメリカを明確に非難している。紅海ではイエメンの反政府武装勢力フーシ派がイエメンからの攻撃を倍増させるかもしれない。

数カ月におよぶイスラエルのガザでの猛攻を受け、ハマスにできることには限界がある。それでもイスラエルは、ヨルダン川西岸地区やイスラエル国内への攻撃を警戒している。

中東がすでに地域紛争状態にあることを認識することは重要だが、同時に、もっと事態が悪化する可能性があることも認識する必要がある。

今回の殺害と報復は、全面戦争の火種にはならないかもしれない。しかしながら、世界で最も激動するこの地域では、明確かつ危険なリスクと現実に基づいて、シナリオを容易に構築できる。

瀬戸際から何度も舞い戻ったところで、戦争の可能性が低くなるわけではない。むしろ、全面的な紛争という迫りくる脅威から逃れる外交的道筋を築くのが難しくなっていく。

ガザでの停戦こそが、中東の致命的な温度を下げる唯一の、確かな第一歩になる。

ガザ停戦は遠のいたままか

アメリカ側はここ数週間、停戦が近づいているとの見方を示している。ただ、イスラエルとハマス双方の、容認できる停戦の定義があまりにかけ離れている間は、そうなることを想像するのは難しい。ハマスにとっての停戦は、イスラエル軍のガザ撤退と敵対行為の終結だ。一方のイスラエルは、生存している人質の一部または全員の解放のために戦闘を一時停止し、解放後に戦闘を再開する権利を認めることだとしている。

アメリカのアントニー・ブリンケン国務長官は、ガザ停戦が米外交上の優先事項であることに変わりはないと再び述べたが、停戦が実現する可能性は、依然として遠のいたままのようにみえる。

ハニヤ氏は停戦交渉におけるハマス側の重要人物だった。同氏は同僚たちと共に、エジプトの情報機関トップや、カタールのムハンマド・ビン・アブドルラフマン・アール・サーニ首相を通じてアメリカやイスラエルと連絡を取っていた。

同首相はハニヤ氏暗殺について、「協議が継続する中、政治的暗殺が起き、ガザの民間人が狙われ続けている。一方の当事者が他方の交渉担当者を暗殺しているというのに、一体どうやって仲介が成功するというのか」とソーシャルメディアに投稿した。

今回の暗殺は、地域的な大惨事のさらなる深刻化を回避するために停戦が不可欠だとするアメリカ側の考えよりも、ハマスに「完全に勝利する」というネタニヤフ氏の考えにぴったりの出来事と言える。

また、ネタニヤフ氏が昨年10月7日に壊滅的な被害をもたらしたハマスの攻撃を許してしまった自らの過ちに直面する瞬間を避けるために、ガザ戦争を長引かせたがっているとの、イスラエル内外の批判的な見方も強まるだろう。

アメリカとフランスもまた、イスラエルとヒズボラの国境を挟んだ戦闘を止めるため、懸命に外交的手段を見つけようとしている。しかし、そのための重要な一歩はガザでの停戦であり、停戦に近づいたという見通しは再び、大打撃を受けてしまった。

(英語記事 Bowen: Israel's killing of Haniyeh deals hammer blow to ceasefire prospects

提供元:https://www.bbc.com/japanese/articles/c84jzvvwzn8o


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