2024年8月10日(土)

BBC News

2024年8月9日

英イングランド北西部の海辺の町サウスポートで7月末、ダンス教室で3人の女の子が刺されて亡くなった。この事件は、イギリスが過去10年以上経験したことのない最悪の騒乱へと発展した。

イングランド全土と北アイルランドの町や都市で起きた暴力事件は、インターネット上の誤った情報や極右勢力、反移民感情によってあおられている。

そして各地の地元住民たちは7日、反移民や極右に対抗して集まった

なぜ殺傷事件が暴力に発展したのか

7月29日、子供向けダンス教室でテイラー・スイフトをテーマにしたイベントに参加していたビービー・キングさん(6)、エルシー・ドット・スタンコムさん(7)、アリス・ダシルヴァ・アギアールさん(9)が、教室に侵入してきた男に刺されて死亡した。この事件ではほかに、子供8人と大人2人が負傷した。

この日のうちに警察は、近隣に住む17歳の少年を逮捕したことと、テロ関連の事件としては扱わないことを発表した。

一方、事件のほぼ直後から、容疑者が2023年に小型ボートでイギリスに到着した亡命希望者だという間違った憶測が、ソーシャルメディアで流れ始めた。また、間違った名前も広まった。この容疑者がイスラム教徒だという、根拠のないうわさも拡散された。

実際には、BBCを含む各メディアが当初から報じたように、逮捕された容疑者は英ウェールズ生まれで、ルワンダ出身の両親を持つ人物だった(後に殺人罪などで起訴された)。

警察は、「未確認の憶測や虚偽の情報」を流さないよう市民に呼びかけた。

翌30日の夜、サウスポートでは1000人以上が犠牲者のための追悼集会に参加した。その後、地元のモスクの近くで暴力事件が発生。群衆はモスクや警察にレンガやビンなどを投げつけ、警察署が放火され、警官27人が病院に運ばれた。

この騒乱は広く非難された。地元選出のパトリック・ハーリー下院議員は、「凶悪犯」が3人の子供の死を「自分たちの政治的目的のために」利用するためにこの町を訪れたと述べた。キア・スターマー首相は「サウスポートの路上で暴走した暴徒たち」を非難した。

暴力はどのように広がったのか

この集会については、メッセージアプリ「テレグラム」の移民排斥を訴える地域チャンネルで議論されていた。警察によると、この暴力には、現在は解散している極右グループ「イングランド防衛同盟(EDL)」の支持者が関与していたとみられている。

サウスポートの暴動の翌日、ロンドンとハートリープール、マンチェスターで暴力的な抗議デモが発生し、警察はサウスポートの事件と関連付けた。暴力の多くは、モスクや亡命希望者が宿泊するホテルを標的にしていた。

単一の組織的な力が働いていたわけではないものの、BBCが主要なソーシャルメディアや小規模な公的グループにおける活動を分析したところ、抗議行動に集まるよう大勢に促すメッセージを、影響力の強いいわゆる「インフルエンサー」たちが強力に発信しているという、明確なパターンがみられた。

さまざまな業界の複数のインフルエンサーが、犯人の身元に関する虚偽の主張を増幅させたことで、極右の個人やグループとは無関係の、一般人を含む大勢に届いた。

X(旧ツイッター)では、EDL創設者で極右活動家のトミー・ロビンソン元受刑者(本名スティーヴン・ヤクスリー=レノン)が、キプロスでの休暇中に、100万人近いフォロワーに扇動的なメッセージを投稿した。

また、「ロード・サイモン」の名で投稿し、ヤクスリー=レノン元受刑者とかかわりのある別のインフルエンサーは、全国的な行動を表立って呼びかけた最初の一人だった。

どんな地域で何が起きたのか

暴動はその後、南海岸のプリマスから北東部のサンダーランドまで、イングランド全土で発生した。北アイルランドのベルファストでも暴動が起きた。

群衆はモスクや亡命希望者が宿泊する施設を襲撃し、車両や図書館を含む建物に火をつけ、商店を略奪した。

ベルファスト南部では、反移民のデモと人種差別に反対するデモとが市庁舎前で対峙(たいじ)する緊張した場面もあった。この地域での暴力事件を担当した判事は、事件に「人種差別的要素」が含まれていたと述べた。警察は、頭部を踏みつけられたとされる男性への暴行を、人種差別を動機とするヘイトクライム(憎悪犯罪)として捜査している。

ロザラムでは4日、亡命希望者が宿泊しているホテルで、恐怖に怯えたスタッフが、建物に押し入った暴徒から身を守るため、冷蔵庫や家具をドアに積み上げてバリケードを築いたと語った。近隣の住民は、暴徒が自宅の庭に侵入したため、自宅から逃げ出したと話した。

一連の暴力で数十人の警察官が負傷し、何人かは病院で手当てを受けている。

マージーサイド警察の警視総監は、負傷した警官の何人かは「家族のもとに帰れないのではないかと恐れた」と述べた。

相次ぐ暴力事件は、イギリス国外からも懸念を呼んでいる。マレーシア、ナイジェリア、オーストラリア、インドはいずれも渡航勧告を出し、警戒を怠らず、抗議行動を避けるよう促している。

暴力に関わったのは誰なのか

警察関係者がPA通信に語ったところによると、騒乱参加者の関係性は「微妙な図式」だという。現地での一定の調整がある一方、「ソーシャルメディアや街頭で目にしたことに地元住民が反応し、ただ飛び入りで参加している」例も多いという。

BBCのマーク・イーストン内政担当編集長は、2日夜にサンダーランドにいた。極右の暴徒が警察を襲撃し、警察署の隣にある相談センターに火を放ち、モスクに石を投げつけ、商店を略奪したという。

しかし、現場にいたのは覆面姿の暴徒だけではなく、そのほかにベビーカーを押す母親や父親、イングランドの聖ジョージの旗を身につけた子供たちなど、暴徒らを応援する家族連れの姿も見られたという。

なにより暴力を実行するために集まった暴徒がいる一方で、当初はそれ以外の人たち、移民問題を心配していてそれについて平和的抗議の権利を行使しようとした人々もいた。

4日にロザラムで行われた移民排斥デモに参加した一人は、BBCの取材に応じ、亡命希望者が滞在するホテルでの暴力的な光景は「まったく野蛮だ(中略)こんなことのためにここに来たわけではない」と語った。

また、リヴァプールにあるアブドゥラ・クィリアム・モスクのボランティアによると、漠然としたいらだちや不満感を理由に暴言を吐いている人もいるようだ。

いくつかの都市では、暴力的なグループが、カウンター(対抗)デモの参加者らと衝突した。ブリストルでは、移民排斥のデモ参加者が亡命希望者の滞在する建物を襲撃するのを阻止するため、人種差別に抗議する人々が腕を組んだという。

バーミンガムでは、予定されていた極右デモ行進に反対するため、主に南アジア系の若者からなるグループが集まった。極右のデモは結局、実現しなかった。

イギリス政府や警察の対応は?

警察によると、一連の騒乱に関連して、6日までに400人以上が逮捕された。その中には11歳の子供も含まれている。

スターマー首相は、騒乱を「極右の蛮行」と呼んで非難した。「一見したところの原因や動機が何だろうと、暴力は暴力で犯罪だ」と言明し、関係者の起訴と有罪判決を約束した。さらに、「この行動をインターネット上であおった」人を含め、暴力に参加した人は後悔することになると表明した。

政府はまた、治安維持を専門とする警官隊が「常駐」して混乱に対処し、各警察は暴力集団に関する情報を共有すると述べた。

また、誤報や偽情報を確実に排除するため、ソーシャルメディア企業と協力すると述べた。

さらに、暴力行為に加担した者が確実に刑務所に収監されるよう、刑務所に新たに500以上の居室を用意するとしている。

イングランドとウェールズを所管する検察庁(CPS)トップのスティーヴン・パーキンソン長官はBBCの取材に対し、国外からこの騒乱に関与したとされる影響力のある人物の身柄確保と並行して、一部の容疑者をテロ罪で起訴することも検討していると述べた。

暴力の影響を受けた地域はどうしている?

多くの地域では7日夜が大混乱するかもしれないと、住民が身構えていた。移民受け入れ手続きを担当する弁護士たちの名前と住所だとする名簿が、オンラインで拡散していたからだ。

しかし、ほとんどの地域では、予定されていた反移民行動は実現しなかった。

その代わりに非常に多くの人が人種差別に反対する平和的な抗議に参加して、往来を埋め尽くした。イングランド北部ダラムの元警察本部長マーク・バートン氏は、この反応を「感動的だ」とたたえた。

ほかにも各地で、地元の人々が暴力に立ち向かい、清掃活動にあたったり、被害に遭った人々との連帯を示したりしている。

殺傷事件の衝撃が続くサウスポートでも、地元住民数十人が、暴力の後始末を手伝うためにブラシやシャベルを持って駆けつけた。

多くの職人たちが、壁の修復や窓の交換を無料で申し出た。

募金活動もいくつか立ち上げられた。ハートリープールにあるモスクへの感謝を示すために立ち上げられた募金では、最初の目標額200ポンドを15分で達成した。

マージーサイドの宗教指導者たちは、サウスポートの事件を受けて、人々に「冷静さと平和を保ち」、「私たちを分かつものよりも、結びつけるものの方がはるかに多い」ことを忘れないように呼びかけている。

(英語記事 Why are there riots in the UK?

提供元:https://www.bbc.com/japanese/articles/cp8nl49lpypo


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