2024年8月16日(金)

BBC News

2024年8月16日

トム・ベイトマン、アメリカ国務省担当特派員

ロシア南西部クルスク州へ、ウクライナは電光石火の攻撃を続けている。ウォロディミル・ゼレンスキー大統領の大胆な賭けが、どれほどの規模のものか次第に明らかになる中で、アメリカ政府はウクライナによる越境攻撃の影響をかみしめている。

この侵攻が、戦争の政治的・軍事的力学をどのように変化させる可能性があるのか。アメリカが供与する武器をウクライナがどう使うかについて、かねて変化してきた米政府の姿勢が、この侵攻でどう影響を受けるか。米政府高官らは、こうした事柄を検討している。

いきなり始まった襲撃に、どうやらロシアだけでなく西側の指導者たちも虚を突かれたようだ。そしてこの電撃作戦は、西側が支援するウクライナ防衛において、最も危険なジレンマの一つを浮き彫りにした。ジョー・バイデン米大統領はこれまで一貫して、米ロ関係の激しく悪化させる危険を避けつつ、同時にウクライナにはロシアの侵攻を押し返す力を与えようとしてきた。

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は常に、この紛争はロシア対西側諸国の戦争だと表現してきた。だからこそバイデン氏は、プーチン氏のその主張に燃料を与えないよう、そして対立が大火事に到らないように、アメリカの政策に明確な制限を設けようとしてきた。

複数の軍事アナリストは、ウクライナによる今回のクルスク攻撃は、第2次世界大戦以降で最大規模の、外国軍によるロシア侵攻だと言う。そしてこの侵攻を通じて、アメリカ政府にとって緊急の課題が複数出現した。

ウクライナがアメリカや北大西洋条約機構(NATO)の兵器システムをどこまで使っていいのか、アメリカが設定してきた限度が、この侵攻によって急速に拡大するのか? ロシアはこれまで、西側諸国の関与について「越えてはいけない一線」を設定してきたが、それを越えてしまう危険はないのか? もしそうでないなら、ゼレンスキー大統領は自分がプーチン大統領のはったりをはったりだとあらわにすることができると、アメリカ側に示したのだろうか?

こうしたリスクと不確実性にもかかわらず、アメリカ政府内ではゼレンスキー氏の動きに驚きの混ざった称賛の声が上がっている。ここ1週間のアメリカ政府高官のコメントをつなぎ合わせると、アメリカ政府が模索している新しい姿勢が見えてくる。バイデン政権は、ウクライナが攻撃について一切、事前警告をしなかったと主張している。ホワイトハウスのカリーン・ジャン=ピエール報道官は、アメリカはこの件とは「何の関係もない」と述べている。

アメリカ製の兵器を使用しているのかどうかについては、ホワイトハウスや国防総省、国務省の各報道官は公式には認めないだろう。しかし、ウクライナはアメリカやNATOの兵器システムに依存しているので、アメリカ提供の兵器を使っていることは圧倒的に明白だろう。ウクライナ軍参謀本部の元報道官、ウラディスラフ・セレズニョフ氏は米国営放送「ボイス・オブ・アメリカ(VOA)」の取材で、アメリカが供与した高機動ロケット砲システム(HIMARS)が、この攻撃には不可欠だったと語った。

ウクライナがクルスク侵攻でアメリカの武器を使うことを、アメリカが黙認しているのは確実だ。国防総省のパトリック・ライダー報道官は今週、「我々が設定した政策の枠内だと判断している。米軍の武器使用について、政策は変わっていない」と述べた。当局者は、今回の攻撃は、ウクライナに越境攻撃からの自衛を可能するという「当初からの」方針と「一致している」と話す。

一方で、米国防総省のサブリナ・シン報道官は「我々はロシアへの長距離攻撃は支持していない。これはむしろ集中攻撃において使用するためのものだ。具体的な射程距離を特定するつもりはない」と述べた。

ウクライナにとって、アメリカは最大の武器供給国だ。両国のこの関係はウクライナの将来にとって最重要のものになっている。米国防総省は先週、対空ミサイル「スティンガー」や砲弾など、この3年間で63回目となる装備品の供与を承認したばかりだ。しかし、ロシアの侵攻開始以降、バイデン大統領は、先端兵器の提供をいったんは拒否した後に考えを変えるという対応を繰り返してきた。HIMARSや地対空迎撃ミサイル「パトリオット」、戦闘機「F-16」の提供は、いずれもそうやって決まった。

許可の範囲は拡大、だがどこまで

ウクライナによるロシア領内攻撃に対する、ホワイトハウスの方針も同様だ。ゼレンスキー氏は何カ月も前から、ウクライナへの攻撃を支えるロシア国内の軍事拠点に対して、攻撃することを認めてほしいと西側に懇願していた。そしてバイデン氏は5月についに、アメリカ製兵器による越境攻撃を許可したが、これはロシアの猛攻を浴びていた東部ハルキウ州を起点とした、限られた射程圏内への攻撃に限られた。ホワイトハウスは、ウクライナに許可した行動はあくまでも「反撃」措置だと説明していた。

バイデン氏は6月に、「国境のロシア側にある(ロシアの軍事拠点が)、ウクライナ側の特定の標的を攻撃するために使われている場合、アメリカの兵器を国境付近で使用することを許可している」と述べた。「我々はロシアに200マイル(約320キロ)も入り込んで攻撃することは認めていないし、モスクワやクレムリン宮殿を攻撃することも認めていない」。

この数週間後には、ロシア軍がウクライナ攻撃を準備している国境沿いの全地点についても、同様の許可が降りた。

ゼレンスキー氏はそれ以来、欧州の友好国やアメリカの民主党議員と共に、縛っているウクライナの手をさらに「ほどく」ようアメリカに求めてきた。具体的には、ロシアのドローン(無人機)やミサイルの発射基地を破壊することを目的に、アメリカが提供する「陸軍戦術ミサイルシステム(ATACMS、エイタクムス)」や長距離ミサイルを使用してロシアの奥深くまで攻撃できるようになりたいというのが、ゼレンスキー氏の希望だ。アメリカ政府はこれを拒否している。

こうしたすべての判断の上に暗い影を落とすのが、プーチン大統領が繰り返す警告だ。プーチン氏はかつて、ロシア領土の一体性が脅かされた場合、「利用可能なあらゆる手段」を用いると脅している。また、この戦争で西側諸国がロシアにとって耐え難い脅威になったと判断すれば、核兵器を使う用意があるのだと言うかのように、プーチン氏はその可能性を再三ちらつかせている。

結局のところ、バイデン大統領の立場は次のようにまとめられるだろう。「ウクライナは、国境を越えた攻撃を含め、アメリカの武器を使って自国を防衛する最善の方法を決めることができる。ただしそれは、長距離ミサイルを使用しないなど、極めて明確な制限の範囲内でなくてはならない」と。6月のバイデン氏の発言は、この「明確な制限」が、「国境付近」にあると示すものだった。

クルスク攻撃は、アメリカのジレンマを予想外の領域へと導いた。文字通りの意味でも、比喩としも。ウクライナによる侵攻は国境を越えた地上攻撃だ。5000~1万2000人の兵がかかわっているとされる。未検証のロシア報道では、ウクライナ軍は最大30キロもロシア領内を進軍している。

ウクライナ政府は、今週半ばまでに自軍が70カ所以上の村や町を含むロシア領1000平方キロを制圧し、数百人の捕虜を捕らえたと発表した(編注:ウクライナ軍のオレクサンドル・シルスキー総司令官は15日には同軍が国境から35キロの地点まで到達したと報告し、82集落を含む1150平方キロの面積を掌握したと説明した)。

ロシア当局によると、約13万2000人が自宅から避難したという。

米政府高官らは、この件に関してまだ公に詳細を語りたがらない。それはつまり、戦況や戦争の行方、そしてこの件がプーチン氏の計算にどのような影響を与えているのか、米政府として検討中ということなのだろう。

武器の承認をめぐりバイデン大統領が慎重すぎるとか、判断が遅すぎるとか、もしもゼレンスキー氏がそういう不満を抱いていたなら、ゼレンスキー氏は今回の越境攻撃を通じて、自分には事態を動かして相手の対応を引き出す力があると、そう示そうとしているのかもしれない。バイデン氏に。そしてプーチン氏にも、

大胆な賭けだ。

(英語記事 Ukraine's surprise advance into Russia a dilemma for Biden

提供元:https://www.bbc.com/japanese/articles/cvg5p313rxzo


新着記事

»もっと見る