オリガルヒらを単に排除するのではなく、手元に引き入れ、コントロールする。まさに前述のKGBの工作員が駆使する「人間に対処する」手法が応用されている。一方で、そのルールに反した者は、厳しい罰が与えられる。実際に、そのようなプーチン氏の提示した行動原則に反旗を翻したオリガルヒらは、ロシア社会から排除されていった。
さらに、プーチン氏の統治構造には、「人間に対処する」手法のもうひとつの重要な要素も駆使されている。「脅し」である。これは、むしろプーチン氏に従順な姿勢を示す取り巻きに対し、その忠誠を維持するために利用されている。
具体的には、過去の〝罪〟を暴くことをちらつかせて、相手に忠誠を誓わせるというものだ。弱みを握り、相手をコントロールする手法だ。
プーチン氏の統治システムの中で実績を上げ、その維持に貢献した人間は、さまざまな特権や報酬を得ることができる。しかし、金銭的な報酬というものは、いつか、誰かがさらに優れたものを提供する可能性がある。
だからプーチン氏は、潜在的な脅しで、相手をコントロールする。誰もが、汚い金をつかまされ、弱みを握られるというのだ。だから、ロシアにおいて汚職というものは、ほかの国々とは意味合いが大きく異なる。それは、時に政府が人をコントロールするためのツールとして使われる。そして弱みを握られた人間は、プーチン氏に対し否が応でも忠誠を誓わざるを得ない。
プーチンの私的なものとなったロシアの権力
これは、金銭的な報酬を与えることで忠誠をつなぎとめることよりも、はるかに効率的なシステムなのかもしれない。さらに、プーチン氏のシステム内で活動した人間は、その世界から足を洗うことは許されない。脅迫のシステムは動き続ける。その結果、政権を去った者であっても、プーチン氏に脅威をもたらすような行為は許されない。
このようなシステムは、プーチン政権を支えるひとつの要素に過ぎないが、一方でそれは、プーチン氏の統治手法を象徴しているといえる。
ロシアにおいて、そのような統治構造が20年以上に及び続いたのだとすれば、プーチン氏の周辺に、その意向に反する発言や行動ができる側近が居残り続けられるとは考えにくい。政治システムはますますプーチン氏の私的なものとなり、同氏の判断が国内の勢力によって押しとどめられたり、変更されたりする可能性は、極めて低くなる。
ウクライナ侵攻という、国際社会を大混乱に陥れたプーチン氏の決断がロシアをどのような状況に導くかは、依然見通すことはできない。しかし、プーチン氏の暴走ともいえるその行動は、プーチン氏を食い止めるシステムがほとんど稼働しなくなった政治環境のもとで生まれたことは疑いようがない。
連載第4回『【狂気の決断】ウクライナ侵攻最大の要因 プーチンが考える「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性」とは』(9月17日公開)に続く