野生動物とどう暮らすか
ピッキオが町に教えること
そこで、まず私たちが取り組んだことはクマの個体を管理することでした。一頭ずつ識別していくと、同じようなエリアにいてもごみなどを漁るクマと全く漁らないクマ、昼間でも堂々と動くクマと夜間だけ動くクマなど、人と同じようにそれぞれに「個性」があって、違いもあることが分かりました。無作為に捕殺することは有効な手段ではないのです。
もちろん、調査だけを進めていても意味がありません。ごみや果樹などの誘引物を除去することも、有効な対策の一つですし、住民に対する普及・啓発も欠かせません。そうした地道かつ愚直な取り組みを続けることで、ある程度その地域のクマの生態が把握でき、クマを引き寄せる原因も取り払うことができます。その上で、私たちの相棒である「ベアドッグ」でクマにプレッシャーをかけていくのです。こうした順序でなければ、軽井沢の安全を確保するのは困難でした。
「ベアドッグを導入すればクマは来ないようになりますか」
視察に来る自治体関係者の方々はよくこんなことを質問されます。
しかし、単にベアドッグを導入しても効果は限定的です。クマが出没してくる理由を分析して、いかに対策を施すか、その〝順序〟が極めて重要なのです。
ただ、どこまで人間とクマの両方を守るのかというバランスは、軽井沢町と農業がさかんな地域とでは当然異なりますし、対策の優先順位も変わります。農地ではまずは誘引物管理から始めるべきでしょう。
こうしたことを浸透させるには、教育がカギを握ります。私たちは「人間もクマも両方教育する」をモットーとしてきましたが、他の地域ではリソースの都合上、人への教育だけに限られるかもしれません。
軽井沢町では、公立・私立の全ての小学校で、「野生動物とどう暮らしていけばよいのか」を、学年ごとに違う内容で年に1回ずつ授業を組み、6年間学び続けます。
彼らが小学校を卒業する頃には、愛護でもなく、駆除でもない、自然の中でクマとどう暮らしていく必要があるか、ということを自分の頭で考えられるようなプログラムを作成しています。
人間は自然を壊すこともできれば、守ることもできます。欧州などでは完全に森を切り開いてしまって、クマが絶滅した国もあります。だからこそ、そうした国から学生たちがここにやって来るのです。「どうすれば野生動物と上手に向き合えるのかを知りたい」と。
たとえ私たちと同じことが他の地域でできないとしても、「やればできる」ということを、胸を張って示していきたいです。
この町が歩んできた歴史に、そのヒントが必ずあるはずですから。