2024年12月5日(木)

冷泉彰彦の「ニッポンよ、大志を抱け」

2024年11月28日

 トランプ政権の方針とマスク氏のビジネスにおける矛盾点、例えば環境問題にしても、中国への関税の問題にしても、トランプ政権と真正面から対立するのではなく、むしろ「懐に飛び込む」方が、ダメージを管理できる。マスク氏としてはそう考えているようだ。例えば電気自動車(EV)への補助金が全面的にカットされた場合、業界のライバルたちが次々に大きな影響を受ける中で、テスラ社だけが生き残るシナリオを描いていると言われている。

 そんなわけでマスク氏の立場からは、トランプ政権と組むことには合理性はあると言える。けれども、そこには様々な問題が横たわっている。

 まず利害相反の問題がある。11月19日にマスク氏は、トランプ氏をテキサス州のスペースX打ち上げサイトに招待し、ともにロケット発射の実験を見学している。

 スペースXの威力をプレゼンしようとしたわけだが、良く考えればアメリカ政府は米航空宇宙局(NASA)などを通じて、スペースXに巨額の発注をしている、いわば調達先だ。マスク氏としては、規制を回避し、政府の宇宙航空そして防衛戦略と協調しつつ自由度を確保したいのはわかる。だが、そのマスク氏がこのまま政府の要職に就任するのは、明らかな利害相反になる。

誰がマスクを抑えられるか

 その奥にはもっと大きな問題が指摘できる。それはマスク氏と政権の間、あるいはマスク氏の利害とアメリカという国家、あるいは国際社会全体の間に起こり得る、極めて広い意味での利害相反という問題だ。

 見方を変えるのであれば、トランプ政権には、地球社会における突出した才能であるマスク氏を「抑えることのできる人材」が極めて限られている。知的な匂いを庶民性への敵対とみなしてきた中で、都合よく作り上げた庶民性イメージのカルチャーを持っているトランプ政権には、本当の意味での知識人は少ない。

 そんな中で、マスク氏の暴走を諌め、軌道修正を行える人物は、せいぜいヴァンス次期副大統領ぐらいだ。軍事とAIという領域で、人類史上比類のない財力とテクノロジーを手にしたマスク氏が政治権力も手にしていくことの危険性を考えると、これを牽制する体制があまりにも脆弱なことには慄然とさせられる。

 日本の政財界としては、「トランプリスク」を最小限にすべく工夫をし、場合によっては主要7カ国(G7)の日米以外の5カ国との連携、更には中国や韓国との情報交換も行っていくべきと考える。この「マスクリスク」については、拙速な敵対も、安易な接近も適当ではない。かといって、恐れすぎて技術の進歩から完全に脱落しては元も子もない。

 文明論、原理原則のレベルからその危うさを見抜きつつ、振り回されないことが大事で、その意味では必死になってマスク氏の頭脳との戦いを続けなくてはならない。

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