さらに言えば、かつて、ネット・オークション「イーベイ」向けの安全な決済システム「ペイパル」の立ち上げに深く関わったマスク氏は、既存の抵抗勢力と戦いながら、デジタルトランスフォーメーション(DX)による効率化を実現する「実務的な突進力」があるのは間違いない。1期目に財政を悪化させたトランプ氏としては、政権2期目の今回は過激なリストラで政府機関を簡素化して、財政再建を実現したいという思いは強いであろう。
その一方で、前回の16年の選挙において支持を見送ったマスク氏が、ここまで深く選挙戦にコミットし、新政権にも参画するというのには、何点かの疑問が残る。何よりもマスク氏は温暖化理論をベースに環境問題に深い理解を続けてきた。だからこそ、テスラ社という巨大な環境産業ベンチャーを立ち上げ、ここまで育成してきたのである。そのマスク氏が、温室効果の理論を否定して化石燃料の復権を目指すトランプ氏と組むというのには違和感が残る。
また、そのテスラ社の活動が代表するように、マスク氏の企業活動はグローバル経済に深く関与している。何よりもテスラ社の場合は、中国で大規模な現地生産を行っている。開発の最終段階に近い自動運転技術においても中国は戦略拠点である。そのように中国との関係を深めているマスク氏は、中国を敵視した通商政策をより過激化するというトランプ氏の姿勢とは対立関係にある。
マスク氏政権入りへの3つの「野望」
環境政策と中国政策という、大きな2つの柱においてトランプ主義とは対立関係にあるマスク氏が、それでもトランプ氏を支持し、政権入りするというのは、要するにこれを上回るメリットを見出しているということに他ならない。そのメリット、つまりトランプ政権入りすることによる、マスク氏の「野望」としては主として3つの点が考えられる。
1つは宇宙航空の関係だ。この分野をカバーするスペースX社の活動は、現在では国の事業を上回る技術力と規模を誇るようになった。
例えば、スペースX社のロケット技術は、人工衛星打ち上げについて完全にデイリーの営利事業として大規模化しており、月の周回軌道から火星への航行も可能にしようとしている。このことは裏を返せば、スペースXは世界最大のミサイル技術を持ち合わせていることを意味する。
そのようなスペースXが、これ以上の成長を遂げるには米国政府との協調は何としても必要だ。この点で、民主党政権の場合は大きな政府論の立場から、民間企業のスペースXには国有化をチラつかせた規制を受ける可能性がある。マスク氏は、ロシアのプーチン政権とも接近し、ウクライナ戦争の背後で暗躍が噂されているが、良く言えば民間企業としての自由度を確保するには、米英と北大西洋条約機構(NATO)に100%束縛されたくないのだろう。
2点目は、もう一つスペースXの事業の柱となりつつある、スターリンクという地球全体をカバーする衛星通信サービスである。多くのスマホは、世界のどの位置にあっても緊急交信が可能であり、同様に世界を飛行する旅客機におけるネット接続も進んでいるが、どれもスターリンクの回線を利用したものだ。
このような巨大なインフラは、当然のことながら軍事や情報の政策と密接な関係にある。ロケット技術同様に、いやそれ以上に規制を受ける可能性があるのだ。
そんな中で、マスク氏としては究極のグローバリズムの立場から、スターリンクの回線事業の高度化を進める中で、米英とNATOの規制からフリーハンドの立場が欲しいのは間違いない。その場合のパートナーとしては、ハリス氏ではなくトランプ氏の方が有利となるのだろう。
3点目は、AI技術の問題だ。日本では著作権との軋轢が問題になっているが、米国の場合はもっと具体的な問題、例えばAIが仕事を奪う問題など、様々な社会的摩擦を起こしつつある。オープンAIの創業に関わり、テスラ社で完全な自動運転を目指すマスク氏としては、AIの実用化もライフワークにしていると言ってよい。
このAIに関しては、何かにつけて規制をしてくる民主党政権や、欧州連合(EU)は天敵と言える。この2つの勢力に対抗するにはトランプ政権のほうが有利だというのも理解できる話だ。