ミサイルかバターか、それが問題だ
一般的に、国が直面するジレンマに、「大砲かバターか」という問題がある。大砲は軍備の、バターは国民生活の比喩であり、どちらも多額の財源を要するため、あちらを立てればこちらが立たずということになるわけである。
さて、プーチン大統領は12月19日に、恒例の大規模記者会見に臨んだ。筆者が興味深いと感じたのは、4時間半にも及ぶ独演会の中で、実際にプーチンが大砲とバターの両方に論及したことであった。もっとも、さすがに「大砲」というのは時代遅れであり、プーチンが語ったのは「ミサイル」だったが、いずれにしてもプーチンは比喩的にではなく実際にミサイルとバターのことを論じているのである。
まず、「ミサイル」に関し、プーチン大統領はロシア当局が言うところの「特別軍事作戦」が順調に進んでいると主張し、国防産業の発展がそれを支えていることを強調した。その上で、参加者からの問題提起に答える形で、ロシアの極超音速ミサイル「オレシュニク」について熱弁を振るった。なお、ロシア軍は11月21日にこのオレシュニクを用い、ウクライナのドニプロ市に所在するユジマシ工場(かつてソ連のICBM生産を担った中核工場)を攻撃し、世界をざわつかせていた経緯があった。
プーチンによれば、オレシュニクがソ連時代の兵器の単なる改良型であるかのような西側の論評は誤りであり、ロシアが開発した最新鋭兵器に他ならない。最大で5500kmまでの射程を誇る中距離ミサイルであり、ポーランドにある射程1000kmのミサイル防衛システムではブースト段階での撃墜は不可能である。何なら、キーウを標的にしてオレシュニクを発射し、欧米の防衛システムとどちらが優るのか、21世紀のハイテク一騎打ちを試みてもいい。プーチンはこのように不敵に言い放った。
これ以外の場所でのプーチンの発言振りや、公式メディアの取り上げ方からして、ロシアがオレシュニクの実用化をロシア軍事技術の勝利の証しとしてプレイアップしようとしていることは、明らかである。ロシアは、「技術主権」の確立に邁進しており、国益を守るためであればそれを用いた軍事的エスカレーションも辞さないという姿勢を誇示しているのであろう。
12月19日の大規模記者会見に戻ると、なぜプーチン大統領は年に一度の晴れ舞台で、バターという一食品の問題に言及することになったのか? それは、食品の値上がりが続く昨今のロシアにあって、バターがとりわけ高騰しており、「バター泥棒」のニュースまで伝えられる現実があるからである。
こういう問題では、あまり庶民感覚とかけ離れたことを言うわけには行かず、必然的にプーチン大統領の発言は歯切れが悪いものになった。「ロシアでは牛乳の生産量は増えているが、牛乳の消費も増えていて、バターを生産するための牛乳が足りない。バターの値段が1年で33~34%ほど上昇したのは承知しており、もしかしたら地域によってはもっと上がっているかもしれない。食品の値上がりには、生産量が消費量ほどには増えないこと、作柄、一部商品の国際価格の上昇など、客観的な原因がある。また、決定的ではないにせよ、制裁の影響も一定程度ある」という具合に、言い訳じみたものになった。
ちなみに、全般に食料自給率が高いロシアながら、図2に見るとおり、乳製品は輸入依存度が若干高目で、3割前後に上っている。最大の供給国は衛星国のベラルーシなので、その部分はロシア国産のようなものと言えなくもないが、いずれにしても自給率がやや落ちるバターは供給が不安定化しやすいのだ。
余談ながら、14年にクリミア併合を強行したロシアに対し、欧米が制裁を導入すると、ロシアは欧米からの主要食品の輸入を禁止するという報復に出た。ロシアは、以前は欧州諸国からかなりバターを買っていたのだが、14年以降はベラルーシに加え南米からの輸入で凌いできた。身近な供給国を切り捨てて、わざわざ輸送費のかさむ遠い国から輸入するようになり、プーチンは今そのツケを払わされている形である。