山の木は、すべて建築材料になるわけではないという点も抜け落ちている。普通に考えても梢や枝葉、そして伐り株、地中の根っこは使えない。さらに搬出した幹部分、つまり丸太を角材や板に製材する過程で切り捨てる部分が大量にある。
そして建築に供する際には、長さ調整などでも切り捨てる部分が少なくない。丸太を製材した場合の歩留りは50%前後、さらに集成材に加工すると15~30%まで落ちる。
実際に建築物として使われるのは、伐った木の約3割にすぎない。つまり、伐採木と同量の炭素を吸収させるためには、伐採面積の3倍以上を造林しなければならない。
こんな数値を示すと建築家はがっかりしがちだが、不都合な真実はまだまだ続く。
伐られた木のほとんどがムダに
人工林といえども、すべての木は建築材にならない。真っ直ぐな木材は植えた木の3分の1くらいだ。残りは曲がりがあったり細すぎたり傷があるなどする。
これらの木の使い道としては、合板材料に回せればよい方で、せいぜい製紙原料かバイオマス発電の燃料にしかならない。いずれの用途も価格は安く、森林所有者への利益の還元は少ない。いや一銭にもならず焼却処分か山に放置して腐らせるケースが多いだろう。それゆえ林業経営に絶望し再造林しなくなる。
関西万博のリングは、当初の木材業者の案では直径1メートル前後、長さ12メートルの国産丸太を2200本立ててリングを支えるというものだった。だが、日本国内でそんな大径長大な木材は底を突いている。それなら細い木を張り合わせる集成材を国産材でつくれないか。しかし必要な2万立方メートルは、原木供給からも、生産設備の点からも無理だ。木材業者でさえ、そんな日本の林業の現状を知らないことが露呈する。